第一幕
舞台暗黒。
中央に船。下手奥から、ななめに上手をむいて位置している。正面が船中である。
下手奥、船の中央に清正。間をおいて、「無礼者!」と清正の叫ぶ声が聞こえ、
闇中に白刃が一閃する。その刀をつかまえた光りが広がって、
闇の中に清正の姿をうきだす。テインパニーが入る。
清正の一
さわぐな。(大声に)さわぐな!(落ち着いた声で)いずこの者かは知らぬ。
忍びの者はこの清正が斬って捨てた。さわぐな!船子ども。
清正の一の苦しげな姿、シルエット。苦痛がこみ上げ、血を吐く。その血を拭い取
った懐紙を海中に捨てて、
清正の一
船子ども、うたえ。うたえ。清めの船唄を。
船子たち
おう ーー。
低音琴の伴奏により、船唄おこる。
まず、男声で始まり、混声となり、女声がのこる。
合唱
城は大阪 豊臣さまよ すすき 尾花も みな なびく
舟唄の間に、舞台、徐々にあかるくなって、闇の中に、
船と清正の一の姿が浮かび出る。
波の音。テインパニー。
船の中央に仁王立ちの清正。息使いが次第に苦しくなり、よろめく。
刀を杖にして立ち直り、左手で拝みながら、「南妙法蓮華経」と唱える。
正面に紗幕。その向こうに、城壁が奥に向かっている。上手寄り、
城壁の間の奥に、大阪城、ぼんやりと。
高音の琴が入ってくる。
紗幕の奥の一段高いところに、淀の方の姿ぼんやりと。
琴の高音は緩慢なリズムで、低音は重く、はやく。
大阪城が真っ赤に燃える。中央の清正。再び苦しげによろめき、
床几に腰をかけ、あたかも、眠りにおちたかのように
動かなくなる。
と、もう一人の清正(清正の二)が、舞台中央のあたりに、せり上がる。
浅黄色の上下、長袴。
淀の方と大阪城が消えて、テインパニーのみの音楽となる。
船子の声
夜があけるぞ ーーー。
清正の二は、静かに、ゆっくりととした所作。
夜が明ける。夜があければ、黄金と映ゆる大阪の城に、別れを告げねばならぬ。
その城の姿を待ちこがれながら、清正、なぜ清正は眠るのか。なぜ苦しい夢をみる。
テインパニーに琴が加わる。
合唱
葦が散る 浪花の城のあかつき 淀の流れが運ぶ船 船に清正 へさきにくだける白波は
遠く流れて すみかえる 京は二条 二条城 二条の城から 主なき船がたちかえる
合唱が始まると、船が静かに動き出す。ゆっくりと回転して、合唱の終わり近くに、
正面に向かって
横付けになる。へさきが上手に入る。
上手中央よりに、清正の一、中央段にかかって、清正の二。
清正の二は、歌に合わせて、静かに幽玄に舞う。
船の高さで、正面に階段。清正の一は、シルエットのおもむき。
合唱終わる。
清正の二が舞台奥に向かって歩みだすと、淀の方があらわれ、
清正の二をもとへ押し戻す。
清正の二、下手に下がり、正面を向いて膝をつく。
淀の方、清正の二に向かって、強い言葉で、毅然として。
淀の方
清正。なぜ大阪へ戻ってきます。
いえ、清正。そなたは、誰に許されて、二条城に行きました。
清正、上様御名代となぜ勝手に名のりました。
徳川に対し、臣下の礼をとったそなたを、この淀は許しませぬ。
無礼なまねではありませぬか。
音楽、やむ。淀の方の姿はきえる。照明、変わる。
二人の清正、静かに立ち上がる。それぞれ、上手下手に移動していく。
清正の一
太閤の死後、世の大勢は急遽に徳川に傾いていった。
織田信長のあとを秀吉がおそったのと同じように、秀吉の死後の天下が、
家康の手に帰していくのは、自然のながれであった。
清正の二
関ヶ原の戦いは、この、時の流れを無視しようとした人々のおかした、過ちであった。
関東方に翻弄された関東方は、たちまち衰えゆく群とみなされる身となった。
清正の一
家康は、征夷大将軍の職を秀忠にゆずった。
そうして、朝廷より二代将軍の宣下があった日、家康は、公然と秀吉の息、秀頼に対し、
京へ上って祝いの言葉を述べることを要求した。
清正の二
それは、豊臣と徳川両家の関係において、主と従の逆転を認識するように要求したの
であった。武力という、いつの世にも絶対権をもつ力がその背後にあった。
清正の一
豊臣方はそれを拒んだ。たとえ、衰えゆく運命を自覚しなければならない人々であっても、
その時、屈辱に耐える必要は感じたくなかったからだ。
清正の二
戦国に有っての唯一の価値は、面目という言葉であらわされる、名誉の意識である。
それを守るか守らぬかが、すべての行動を規則する。
清正の一
しかし、数年をおいて、家康がふたたび京へきた時、諸大名と同じく上洛せよと要求された
大阪がたは、
清正の二
これを拒むことは、かれらの死に直結することを直感せざるをえなかった。
清正の一
面目を守らねばならぬ。
清正の二
しかし、死を選ぶためには、時を選びたかった。
清正の一、上手段にかかり、
清正の一
清正は、秀頼の上洛をすすめた。
清正の二、上手に移り、同時に清正の一は段上に上がる。
清正の二
秀頼は、爺にまかせようと言った。
清正の一、立ち止まって、下手を窺う気持ちで、おごそかに。
清正の一
拒んだのは、淀の方である。
音楽、入る。
清正の一の姿、消える。
淀の方、紗幕の奥に浮かび出る。毅然として、高い調子で。
清正の二は終始、正面に向き、片膝をつき、左手をついている。
淀の方
好んで私が拒んだのではありませぬ。
拒まなければいけない立場に、私が置かれているのです。
清正、そなたのことを無礼と言ったのは、私の言葉がすぎていたかもしれませぬ。
すぎていたのなら、謝りもしましょう。
ただ、清正、いいえ、虎之助。分かってください。
この淀は、どうしても上様を、京へ行かせるわけには行かないのです。
幼い折から太閤殿下と共にあった虎之助なら、太閤殿下のお世継ぎを、家康のもとへ行か
せたくない私の気持ちは、分かってくれるはずです。
清正の二
淀の御方のお心が分からぬ清正ではございませぬが、淀のおん方、太閤殿下と幼い折から
ともにあった虎之助なればこそ、この清正は上様の御上洛をおすすめ申し上げるのです。
淀の方
それはなぜです。
清正の二
太閤殿下は一世の英雄であらせられた。そうして、英雄なるが故に、苦しまれもし、
悲しい目にも耐えておいでになった。上様もまたーーー
淀の方
この淀もまた、苦しい目、悲しい目にあってきました。
清正の二
清正、よく心得ております。
淀の方
それなればこそ、私は上様に、悲しい思いをさせたくないのです。
清正の二
はばかりながら、それは、あせまき女心と申し上げます。
淀の方
違います。清正。
清正の二
獅子の子を、千仞の谷に蹴落とす心こそ ーーー。
淀の方
千仞の谷に、蹴落とされた獅子の子は、傷つきませぬか。
清正の二
傷つくかもしれません。しかし、その傷に耐えて、はじめて百獣の王ともなれましょう。
淀の方
太閤殿下はそのようにして、天下取りとなられました。
清正の二
清正もそのように考えます。
淀の方
谷底に傷ついた獅子の子が、失ったものはありませぬか
清正の二
それは ーー。
淀の方
獅子の子といえ、傷ついたときに、失ったものがあるはずです。
清正の二
お言葉の意味を解することができませぬ。
少し間。淀の方、立ち上がる。
淀の方
清正、淀は、上様を太閤殿下に育てたいのではないのです。
清正の二、静かに顔を上げたところで、消える。
同時に紗幕が左右に開かれ、照明変わる。
淀の方
そなたの言う通り、太閤殿下は一世の英雄でした。
淀の方は、前面に出て、段にかかる。毅然として、誇りたかく。
淀の方
秀頼どのは、そのお世継ぎです。この淀は、太閤殿下より大阪の城を預かり、秀頼殿を、
その主とせ ねばなりませぬ。
淀は、秀頼どのを、英雄には育てませぬ。天下の主に育てます。今はまだ幼い秀頼どの
であっても、時が到れば天下に号令する身となるはずです。ただ、その時を、この淀に
かさぬ者がものがおります。
戦場の音をあらわす音楽。
家康が、上手花道に現れる。淀の方はきっとそれを見て、
淀の方
その時を、この淀にかさぬ者がおります。秀頼どのが天下の主となる日を、おそれる者がります。
徳川です。家康です。
家康は淀の方の言葉を聞いて、さらに花道を進み、客席に背を向け、淀の方に向
かって。
照明は当たらず、シルエットのおもむき。
家康
大阪の城は太閤の築かれたお城であれば、いろいろな思いもござろうが、いかがであろう、
秀頼どの。この家康が考えるには、平和な時代にあのような城はかえって無用の長物。和泉あ
たりのおだやかな地に、お移りなされては。
淀の方、家康をきっと見る。音楽、入り、合唱、起る。
淀の方
徳川づれが、何を言おうと、私は、いつも、太閤の昔を偲んで堪えました。そうです。あの時、
朝鮮を攻めた時。
合唱
馬がいななき 鎧が音をたて 闇に穂先をかがやかせながら 六十余州の大名旗本が
船にのりこみ 海をこえて 戦にゆく
合唱が始まると、舞台奥が明るくなる。ホリゾントの城壁が奥に開いて、そのずっ
と先まで大勢の武士達の姿がちらつき、旗差物が風にはためくのが、のぞいている。
城壁のあたりにも。淀の方は、振り向いて、それを眺める。
淀の方
あれは、獅子の怒り。
合唱
獅子の怒り
家康
(静かに笑いながら)
近頃、大阪においては、多くの浪人者を抱え、武器弾薬なども、蓄えられているとか。いやいや、
戦国の世を夢と笑うには、あまりにも身近き出来こと。この家康とて、不審には思わぬが、
世上の噂がやかまし過ぎる。いかがであろう。せめて、浪人者は、もう一度、巷へお戻しになら
れては。
舞台のずっと奥に、小高い丘の感じで、武士達が、見え隠れする。鎧の触れ合う音、
ざわめき。
武士数名、上手より、走り出て、淀の方に挨拶して、下手に入る。淀の方、誇らし
げに。
淀の方
戦の門出は、あまりにも美しかった。
合唱
春の花 秋の紅葉を 一時に咲かせたごとく
淀の方
関東の田舎者には分かりますまい。
合唱
奇麗をつくした旗差物 戦道具もあざやかに
淀の方
あれは、獅子の怒り。
合唱
獅子の怒り
家康
(笑いながら)
淀どのも、都にばかりおられては退屈なさるであろう。江戸は田舎というものの、また、武蔵野
の風情も捨てがたいものがある。いかがであろう。しばらく、江戸住まいでもなされては。
正面の階段を越えて、また、上手下手から、鎧兜をつけた武士達が現れる。
淀の方は、武士達にかこまれて、にこやかに談笑。
明らかに太閤殿下とおぼしき一人が、上手段上のずっと奥に現れている。
淀の方
天守閣では、私がおそばにありました。
合唱
雲間にみえる天守閣に 床几にまたがり 千成り瓢箪を背にし 遠く朝鮮の空をのぞむ
太閤がほほえむ
淀の方
この淀もほほえみました。
合唱
巌の笑い 海の心
家康
(笑いながら)
退屈と言えば、秀頼殿も、成人なされて以来、京、大阪以外にはあまり出られたこともな
きご様子。坂東武者の荒々しさも、平時にかえって一興。いかがであろう。一度、江戸へ出か
けられては。
舞台全体が、明るくなる。淀の方、打ち掛けをひるがえして、
舞台全面におどり出てくる。
合唱
船出するもの とどまるもの、その総勢は六十四万
正面の階段が、左右に引かれて、舞台奥の武士達が列をなしている様子が見えてくる。
淀の方は 両手を広げて、また、さっそうと、上手の段に上がる。
淀の方
そうです。太閤殿下は朝鮮まで攻めたのです。すべての大名諸候が従いました。
この淀もそらんじている、あの名前の数々ーーー
先陣は、
女声
小西行長
淀の方
第二陣は、
女声
松浦鎭信
淀の方
続いて、
女声
宇喜田秀家
淀の方
そう、
女声
大友義統
淀の方
そう。
次々と武士達が走り去ったり、入って来たりするが、必ずしも、
名前の数にはこだわらない。
家康も、その輝かしい光景を、満足気に眺めながら、上手奥に行き来する。
女声
島津義弘 長曾我部元親 伊達政宗 立花宗茂 藤堂高虎 前田利家 加藤嘉明 浅野幸長
福島正則 黒田長政 細川忠興 池田輝政 加藤清正
家康
(わらう)
どこかで聞いたようななまえばかり。
男声が入ると、家康は、一々、指差しながら、舞台奥へ進む。
男声
藤堂高虎 前田利家 加藤嘉明 浅野幸長 福島正則 黒田長政 細川忠興 池田輝政 加藤清正
淀の方は、その家康を、抑えこむようにして、
淀の方
これは、太閤殿下のご指揮に従い、朝鮮へ出陣した諸候なのです。
女声
小西行長 松浦鎭信 宇喜田秀家 大友義統 島津義宏 長曾我部元親 伊達政宗 立花宗茂
藤堂高虎 前田利家
家康は、この間に、舞台全面に出て、仁王立ちになる。
家康
(前田利家の名前を聞いた所で、笑いながら)さよう。
関ヶ原の戦いで、この家康に味方した諸候じゃ。
鎧を付けていない諸候達が家康の下にあらわれ、舞台喧騒となる。
男声
(早い調子で)
藤堂高虎 前田利家 加藤嘉明 浅野幸長 福島正則 黒田長政 細川忠興 池田輝政
女声を追いかけた男声が一緒になって、「池田輝政」と歌う。
一瞬のポーズの間、ざわめきは静まり、照明が変わって、上手に清正の二の姿をと
らえる。
混声
加藤肥後守清正
舞台奥の武士達は動きを止め、消える。
淀の方は段上から、家康の背に向かって、
淀の方
無礼です。無礼ではありませぬか。家康!
女声がその声をうける。諸候達が右往左往して、喧騒のなか、清正の二が取り静め
る格好。
家康は、上手段上に。入れかわりに、淀の方、下手より段を下りて、舞台全面にく
りだす。
諸候達、淀の方の動きとともに、ざわめいて、しりぞく。
淀の方
(女声にのせて)
秀頼は、天下をしろしめすべき豊臣の主。たとえどのようなことがありましょうとも、徳川ふ
ぜいに頭を下げるべく、二条の城へ行くことは、この淀がゆるしませぬ。
家康
天下も漸く平和となった今日。秀頼どの、二条の城へあがられよ。この家康、お目通りいたそう。
淀の方
秀頼どの、太閤殿下のお世継ぎであることを忘れてはなりませぬ。
家康
もう、戦はいたしたくないと庶民がもうしておる。
(きっぱりと)秀頼どの、二条の城へまいられよ。
男声がこの家康をうける。歌詞のない混声合唱。太鼓。暫くの間、じっとひざま
ずいていた清正の二、太鼓と同時に、前に進み出る。
清正の二
加藤肥後守清正、
(太鼓)
上様の
(太鼓)
御名代、
(太鼓)
つかまつる。
太鼓入り、清正平伏して、
幕
第 二 幕
音楽。徐々に明かるく。船中である。正面に階段。段上の奥に、紗幕。
城壁は消えている。舞台中央に清正の一と二。一は上手斜め前を向いて段の下に、
床几に腰をかけ、眠っている姿。シルエット。清正の二は下手を向いて、段に片足
をかけている。
弱く、静かに舟唄。清正の二にスポット。続いて清正の一にスポット。
合唱
城は大阪 豊臣さまよ すすき 尾花も みななびく
それにのせて、
合唱
流れも早く 船もはやく 唄声にぎわしい船の上に 帰る都なき清正公 かえる国なき清正公
合唱が始まると、清正の一、目覚める。床几に腰をかけたまま、思いを込めて、
間。
合唱
梅が枯るれば 尾花がしげる いつも都に 花が咲く
船頭が変わると、清正の二、ゆっくりと、下手前に出る。清正の一は、気がついて、
その様をじっと見つめる。船頭が繰り返しに入ると、しばしのポーズ。
やがて、清正の一、刀を杖に、歌うように、時代的に、静かに。
清正の一
万里の人、南に去る。三春の雁、北に飛ぶ。いづれの年月を知らずに、汝と同じ帰ることを得ん
ーーとは、これ白居易の帰雁の詩。
清正の二、上手にかまえて。
清正の二
梅が枯るれば尾花がしげる、いつも都に花が咲くーーとは近頃都にはやる歌。
清正の一
万里の人の去る、梅は大阪。
清正の二
三春の雁の飛ぶ、尾花は江戸。
清正の一、やや苦しげに立ち上がって、
清正の一
都には花は咲き続けても、
清正の二
ただよう香りは異なるということか。
ふたたび、「梅が枯るれば……..」それにかぶせて、
合唱
やがては見える天守閣 眠りも忘れて待つ淀の方に 流れもはやく 船もはやく 船は近づき
人は遠のく 船は南へ 尾花は北に
清正の一、かすかによろめくが、刀を杖に立ち直る。
清正の二は、もとの位置に戻って、段に構える。
清正の二は、あくまでも、時代的に、歌舞伎的に。
清正の一は、現実に戻って、徐々に苦しみを増しながら。
音楽やむ。舞台中央に清正の一、その後方に清正の二。
清正の一
(おさえて)
香り異なる都の花と、
清正の二
(おさえて)
それが運命と知りながら、
清正の一
(ささやくように)
清正
清正の二
(ささやくように)
清正
清正の一
なにを迷う。
清正の二
なぜ苦しい夢を見る。
少し間
清正の一
(かすかによろめいて)
毒酒と知って清正は飲んだ。
清正の二
(清正の二に)
自ら死を選んだ。
少し間。
清正の一
(ゆっくりと)
船は流れる。
清正の二
(ゆっくりと)
南へ走る
清正の一
(おさえて)
此れで良いのか、清正。
清正の二
(おさえて)
船はとどまらぬのか。清正。
清正の一
(苦しそうに前に出て、はっきりと)
船をとどめよ、清正。
太鼓入る。二人の清正、ともによろめく。
清正の二
(静かに)
愚かなり、清正。
太鼓は入る。少し間。清正の一、身体を立て直して、下手を仰ぐ。
清正の一
(ゆっくりと)
思えば、虎之助の昔より、
清正の二
(かまえて、上手を仰いで)
肥後の大守の、今日の日まで。
テインパニー入る。男声の合唱とともに、清正の二の台詞が重なる。
清正の二、徐々に階段を上がり、多少の所作をもって、
男声
秀吉公と苦難をともにし 賤ヶ獄にて七本槍 山路将監を討ちとり
清正の二
その清正なればこそ、今日の苦境。
男声
肥後の守として、片鎌の槍を誇り
清正の二
大阪の力を思えば、家康公に刃向かうことはことは考えられず、
男声
その名は朝鮮にも響きわたり
清正の二
屈服して、関東に礼をする大阪方ではなく、
男声
蔚山城の守りはかたく あっぱれ武将よ日本一よ
清正の二
とどのつまり、清正の死によって、一時なりとも戦なき時を保ちたくーー。
この合唱と清正の二の台詞の間、清正の一は刀を持って、勇壮な舞をするが、舞いながら、
徐々に苦しくなり、舞台中央に膝をつく。
清正の二は、段上奥に、片膝をついて、見得。テインパニーがやみ、かけ声とともに太鼓
が高くひびく。
声
(大きく)
お城が見えるぞう ーー。
声
おう。
太鼓。
清正の一
(膝をついたまま)
城は大阪。
清正の二
(清正の一に向き直って、おさえて)
城は二条。
清正の一
(おさえて)
思えばにがき、
清正の二
(おさえて)
我は名代。
太鼓。
声
(小さく)
お城がみえるぞう ーー。
太鼓、小さく。清正の一、苦しそうに刀をついて、
清正の一
力つくした果てに、
清正の二
清正の死はなんのため。
声
(小さく)
お城が見えるぞう ーー。
声
(小さく同時に)
加藤肥後守様 ー お入り ー
(ほとんど聞き取れない感じで、聞こえてくる)
清正の一
(やや苦しそうに)
生命あらば、恐れるものあり。
清正の二
(やや力をこめて)
死すれば、あざける者あり。
清正の一
生命も豊臣の家のためならず。
(少しよろめく)
清正の二
死もまた豊家のためならず。
太鼓、小さく。
声
(小さく)
加藤肥後守様 ー、お入り ー。
正面の紗幕が上がり、襖が左右に開く。城中の大広間、ぼんやりと。この間に、
清正の一
(忍ぶように、おさえて)
城は大阪、
清正の二
(正面をむいて、大きく)
城は二条、
清正の一
思えば苦しき、
(がっくりとくずれる)
清正の二
(たったまま、大きく、歌舞伎的に)
我は名代。
太鼓。
声
(やや大きく)
加藤肥後守様 ー、お入り ー。
太鼓。
清正の二
二条 ー 城
清正の一
二条 ー 城 ー。
清正の一は、そのまま、平伏して消える。かけ声とともに、太鼓。
清正の二は、長袴の裾を捌いて、上手を向いて、平伏する。
正面大広間、一斉に明るく、浮かび上がる。
声
(はっきりと)
加藤 ー 肥後守 ー さま ー。 おはいり ー。
大きく、太鼓。
清正の二は、立ち上がり、上手の階段をあがって、大広間に入る。
下手にて、平伏。
正面の襖が開いて、奥より家康がはいる。家来、太刀持ち数名。
上手、一段高い所に座る。
家康
清正。よくまいったな。
清正の二
主君秀頼には、今日のご対面を心からあい待つところ、本朝以来、俄の不例。何分にも弱年の身。
やむを得ず加藤肥後守清正、名代として参上いたしました。
家康
秀頼どのには壮健と聞いて、この家康も喜んでいたが、俄の病気とあっては、気の毒千万。その方も
身体弱き主君を持っては、さぞかし迷惑なことであろう。
清正の二
主君の不調法は、即ち家来の不調法。罪は我らにございます。
家康
ところで、清正。昨年迄の名古屋城普請、ご苦労であった。
清正の二
恐れ入ります。
家康
見事な城。家康は満足している。
清正の二
有り難き仕合せ。
家康
近々、また一つ城をつくってもらおう。
清正の二
お役に立つことあらば、なんなりと。
家康
諸大名を集めて、城をつくらせるのは面白い仕事じゃ。
清正の二
はばかりながら、主君秀頼より、大御所様への口上がございます。
家康
そのようなものは、聞かなくてもよい。
清正の二
それでは、この清正の役目がたちませぬ。
家康
たたぬのは最初からじゃ。口上があるならば、秀頼どの自身まいって述べられよと、伝えて
おくが良い。
清正の二
本日、清正、名代として参上いたしました以上 ー。
家康
淀どのは、そちも行くなと申したであろう。
清正の二
そのようなことは ーーー。
家康
あった。たしかにあったはずだ。
清正の二
ございませぬ。
家康
大阪城の内のことは、みなつつ抜けじゃよ、清正。
清正の二
淀のおん方のご意見は ー。
家康
くどいぞ、清正。関ヶ原の戦いで、公然とわしの味方となり、九州にあって、石田三成に心をあ
わせた輩を取り鎮めたその方ではないか。いわば、大阪方にすでに弓をひいた身だ。余計な心
中たては止めた方が良い。
清正の二
…………………。
家康
大阪城に立ち戻り、淀どのにこう伝えられよ。家康は戦を好まぬ。しかし敵意をもって対する者に
は容赦はせぬと。
一瞬、緊張したものがながれる。
家康
(笑って)とまあ言えば、事は荒立つ。この家康とて戦はしたくない。清正、心配いたすな。
清正の二
(黙って、頭をさげる)
家康
しかし、清正。その方は先ほどより、主君秀頼と申しておるが、今でも秀頼どのは、その方の
主君か。
清正の二
太閤殿下清正の御主君。その御幼君ならば、とりもな直さず、清正のおん主。
家康
そのような形式を聞いているのではない。加藤肥後守清正は、肥後五十四万石の大守。豊臣秀頼
とて、近畿五十九万石の一大名ー 怒るな。事実を申しておるのだ。その秀頼どのを、今日なお
主君と仰がねばならぬ理由はどこにある。
清正の二
主従の道、君主の弁えを,この清正が忘れたとでもお考えになるのか。
家康
力ある者が主。天下をとった者が君だ。今の天下の主は徳川秀忠。二代征夷大将軍よ。
清正の二
関ヶ原の戦いにおいて、「今日の戦は秀頼どのに敵たうのではない。君側にあって、邪心を抱く
石田一派を除くのが目的である。神かけて、太閤の意思に背くつもりはない」と仰られたのは
はばかりながら、大御所さまご自身と、もれ承る。
家康
(笑って)
言った。たしかに言った。
今でも、わしには、太閤の意志に背くつもりはないぞ、清正。
清正の二
それならば ……..。
家康
太閤はこうも言ったのだ。わしと前田利家に向かって ー 「秀頼、成人して、世を治める
の器量あらば将軍にもなしたまわれ、もしその器にあらざれば、両候において政事を預かって世を
治められよ」
清正の二
…………………………….。
家康
そして、清正、前田利家は死んでしまった。
清正の二
…………………………….。
家康
それのみならず、秀頼どのはともかく、大阪の城中があのようでは、秀頼どのに天下の政事を
任せることはできないことだ。
清正の二
もしも、太閤殿下の御意志が、真実その通りであるのならば ……..。
家康
真実だ。清正、その方は無骨者とはいえ、古今の学問に通じておる男。蜀の皇帝劉備玄徳が死に
さいし、宰相諸葛孔明に向かって述べた言葉を心得ているだろう。
清正の二
君が才は曹丞に十倍する。必ず能く国家を安んじ、ついに大事を定めん。嗣子輔くべきば、これを
輔よ。もし、それ不可ならば、君自ら取るべし。
家康
太閤は劉備玄徳にまさること、数倍の英雄。真に譲るべき人物に天下を譲るに、躊躇を知らな
かったはずだ。
清正の二
それならば、大御所様にお伺い申し上げる。
家康
なにを。
清正の二
劉備玄徳、終わりに臨んで、諸葛亨に後事を託した折、孔明が答えた言葉はなんと御記憶なされ
る。
家康
臣敢えて股肱の力を竭くし、忠貞の節を效し、之に継ぐに死を以てせざらんや。
清正の二
すなはち、諸葛亨、粉骨砕身、英邁ならざるといえど皇太子禅を輔け、二度の出師の表に
微忠をこめ祁山にその命を絶つ迄、よく天下に、忠の何たるかを教え、後の世の鑑と仰がれた
はず。
家康
そうして、蜀の国はどうなった。
清正の二
盛衰は時の運。
家康
それがおかしい、清正。諸葛孔明、真に忠臣ならば、なぜ、先帝の築いた国を守らなかった。
後の皇帝英邁でなければ、自ら蜀の皇帝となって天下を治め、以て、先帝の偉業を確立
すべきではなかったか。
清正の二
君、君たらずとも、臣、臣たるべきが道の教え。
家康
馬鹿を言うな、清正。一旦の情におぼれ、国を亡ぼして、何が臣だ。ましてや、清正、
天下は天下のものであって、一将軍のものではないぞ。
豊臣秀頼、天下の将たる器でないと知れば、これに代わるは天下のためではないか。
清正の二
秀頼公、その器にあらずとは、何をもって断じられますか。
家康
わしが断じなくとも、天下は知っておる。
清正の二
いまだ十九才の、御弱年の君なれば……..。
家康
十九才は一人前だ、清正。この家康は十九才の折、今川義元殿に、大高城に兵糧を運ぶことを
命ぜられた。この城は敵地にせまり、兵糧入りの難しい城。わしは少しもおそれず、織田の
軍勢のまっただ中をみごとに運んでみせた。
さらにまた、桶狭間にて、義元公が討たれた時、静かに月の出を待って、一兵も損なうことなく
三河の大樹寺までひきとった。
どうだ、清正。今の秀頼どのに、この器量があるか。
清正の二
秀頼公とて、一朝ことある時は、太閤殿下にも劣らぬ働きをあそばされること、清正、
夢にも疑いませぬ。
家康
それではひとつ、戦をおこして、秀頼どのの武勇のほどを、見せていただいた方がいいのかな
(笑って)いやいや、これも冗談だ。
清正の二
徳川、豊臣両家の、幾久しき平和こそ、清正の願い。
家康
しかし、その平和も、豊臣家の御主人がわしに会いたくないと言われるのでは、話になら
ぬ。どうだ、清正、わしの方から大阪へ行くか、ただし、それなりの用意はいたして参るが。
清正の二
本日、清正、名代として参上いたしました以上、その儀は御無用かと存じます。
家康
わしは大阪へ行きたくなった。清正、船で来たのか。
清正の二
船でまいりました。
家康
わしを乗せて帰らぬか。
清正の二
大御所様をお乗せするような船ではございませぬ。
家康
豊臣五十九万石の格式をもった船であろう。わしはかまわぬぞ。
清正の二
たってと仰せあるならば。
家康
のせるか。
清正の二
いかにも。
家康
清正、その方、わしの轡をとれ。
清正の二
この清正が。
家康
いかにも。わしは清正が好きだ。その方の武勇は日本一と思っている。清正に轡をとって
もらえれば、家康も満足だ。
清正の二
徳川−豊臣両家のためになることならば。
家康
それは知らぬぞ、清正。家康の轡をとった清正の姿を見れば、淀どのは、その方を城中
に入れまい。そうすれば、戦がおこる。戦陣をその方に申しつけよう。天守に大砲を
うちこむのが、その方の役目だ。
清正の二
大御所さま。先程よりのお言葉の数々。御無理とは思いませぬが、清正これへ参った
口上もお聞きいただけず、あまつさえ難題の数々。清正、迷惑に存じます。
家康
よし、それでは口上を聞こう。言うてみよ、清正。
清正の二
主君秀頼には、徳川秀忠殿、二代将軍宣下にたいし、心から….。
家康
待て、清正。念のために聞くが、それは、まこと、秀頼どのの口上か。
清正の二
さよう。
家康
淀どのは、たとえ名代でも、秀頼どのが、徳川づれに挨拶する必要はない、と言われたため、その
方一存で出かけて来たと聞いておる。口上なぞないのではないか。
清正の二
そのようなことはございませぬ。
家康
清正、そちは無骨な士だ。下手な小細工は似合わないな。
少し間。
清正の二
あらためて、大御所さまにもうしあげる。私の願いも空しく、万一、関東−大阪の手切れ
となる時は、太閤の御恩をまだ忘れぬ清正なれば、大阪方先手の大将として、かなわぬま
でも、一合戦つかまつる所存です。
家康
大阪は敗けるぞ、清正。
清正の二
太閤殿下とは乳兄弟だったこの虎之助、さらにはまた、賤ヶ獄以来、ただひたすらに、太閤殿下の
御言葉のみを頼りに、そのお喜びの顔を生き甲斐に、生きて来た清正なれば、大阪の城の外に残り
たいとは思いませぬ。
家康
……………………………………….. 。
清正の二
清正は、いつまでも、虎之助でございます。
少し間。
家康
大阪の生命も、あと数年はもつまい。
清正の二
清正も齢五十。年に不足はございませぬ。
少し間。
家康
清正、しばらく肥後へ戻ってみたらどうだ。
清正の二
この度の役目が済みましたならば、一度領地へ立ち戻る所存でございます。
家康
肥後の領民は、その方に良くなついていると聞く。
清正の二
おそれいります。
家康
九州にあって、静かに余生をおくる心はないか。
清正の二
(わらって)
大御所さまは、おん年七十。余生のお指図とは意外でございます。
少し間。
清正の二
聞く所によれば、関ヶ原の戦いにて、東軍十万、西軍八万とされた軍勢が、事実は、西軍の場合
三万余にすぎなかったと言われるが、畢竟、一応出陣はしても戦う意志のなかった者が多かった
からでありましょう。
家康
その通りだ。
清正の二
西軍利ありと知れば西軍につき、東軍勝つと知れば、西軍に向かって鉄砲を放つ者たちの、
家康
兄と弟が、親と子が、東西に別れた例もある。
清正の二
あらかじめ一つの軍を二つにわけ、東と西に配置しておいた大名もあるとか。
家康
それをどうとる、清正。
清正の二
戦国の世と考えます。
家康
今日、駒を並べて敵陣におそいかかった友も、
清正の二
明日は敵味方に別れて、太刀をうちかわし、
家康
組んで首をかききり、
清正の二
その首を獄門にさらすばかりか、
家康
妻子眷属に至るまで、とらえて首をおとす。
清正の二
しかも、生き残った者があれば、その親の敵を主人と仰いで忠勤をはげむ。
家康
戦国の世じゃ、まこと。
清正の二
御意。
少し間。
家康
清正もそういう道を経て、五十なったはずだ。
清正の二
その通りでございます。
家康
その清正が、なぜ大阪とともに死ぬ。
清正の二
清正は、愚かな者ならば。
少し間。
家康
清正は愚かか。
清正の二
武道にのみ生きた、かたわ者。
少し間。
家康
(あらたまって)
加藤肥後守、秀頼どのの名代。御苦労であった。大阪へ帰り、徳川家康、たしかに口上承った
と告げられよ。
清正の二
(一礼する)
家康
その上あらためて、この家康の口上を伝えてほしい。
清正の二
うけたまります。
家康
豊臣−徳川両家の末長き和親は、心から望むところであるが、近頃の大阪方の動きには納得できな
いものがある。すでに、天下泰平の今日、戦を好むとは夢にも思われぬが、もし秀頼どのにおいて
真に二心なきときは、次の三ヶ条のうち、いずれか一つを選び、誓詞をそえて実行を約してもらい
たい。すなはち、
一、大阪城を速やかに退去し、和泉の国に移ること。
一、淀どのを人質として、江戸表へさしだすこと。
一、秀頼どの自ら、江戸詰めとなること。
いかがであろう、清正。
清正の二
ごもっともの仰せではございますが、私一存では御返答いたしかねます。ひとまず、大阪へ立ち返り
秀頼さまにも言上いたし、その上において ………….。
家康
必ずか。
清正の二
必ず。
家康
大阪では、なんと答えると思う。
清正の二
今はなんとも申しあげられませぬ。
家康
清正が説きふせるか。
清正の二
及ばずながら。
家康
両家の和親のために。
清正の二
両家の和親のために。
少し間。
家康
清正は人をいつわれる男ではない。やはり、清正は知らぬのか。
清正の二
知らぬとは。
家康
清正、大阪へ立ち戻るのを待って、その罪を問い、肥後の国を召し上げようという話がすすんでいる
のだ。
清正の二
…………………………………………………。
家康
それでも、清正は大阪へ戻るか。
清正の二
たとえ、いかような運命が清正を待っておりましょうとも、上様御名代として、大阪を出た以上、
戻るは、清正の役目でございます。
家康
そうであろうな。(少し考えて)これ以上、清正に何を言っても無駄であろう。その方はやっぱり
虎之助だ。朝鮮で戦っている方が性にあっていたのだ。
清正の二
そうかもしれませぬ。
家康
清正、盃をとらそう。
清正の二
あり難く頂戴つかまりますが、その前に一言。
家康
なんだ。
清正の二
豊臣の家、太閤殿下のお血筋。これを絶やすは本意ではございませぬ。
家康
それで。
清正の二
さいわい、ご息女千姫さまもお輿入れあったこと。なにとぞ、豊臣の家の末長く栄えますよう、
お取り計らい頂きたい。
家康
豊臣は関白にはならないぞ、清正。
清正の二
心得ております。
家康
一大名として?
清正の二
一大名として。
家康
それでよいのか。
清正の二
豊家断絶とあっては、清正、死んでも死にきれませぬ。
家康
戦国の世であれば、
清正の二
強きが栄え、
家康
弱きが下につく。
清正の二
豊臣の家とて、
家康
その例にはもれぬはず。
清正の二
仰せのとうり。
家康
清正。
清正の二
格別の御沙汰をもって。
少し間。
家康
(調子をかえて)
当家の重臣森三左衛門とその方とは
清正の二
相舅どうし。
家康
その方の息、主計之助と、
清正の二
森殿の息女、雛衣どのが、
家康
婚約いたしておるのだったな。
清正の二
さよう。
家康
三左衛門を呼び、盃の相手をいたそう。
清正の二
おそれいります。
家康、立ち上がって、正面を向き、
家康
わしが清正にとらす盃ではなく、家康が、秀頼どのにさす盃。
少し間。清正に向きなおり、
家康
さらば、名代同士、相舅同士、三左からその方にさすがよい。
清正の二
少し間。家康、奥へ行きかけて、
家康
清正。
清正の二
はい。
家康
三左はわしの大事な家臣。当時の重臣。わしの志をくんでくれよ。
清正の二
其れは ………………。
家康
今は聞くな。
少し間。
家康
さらばだ。清正。達者でくらせ。
清正の二
(一礼する)
家康は、ある思いをもって、清正の二を見つめ、奥へ入る。
清正の二は平伏。
清正の二の姿をとらへながら、大広間、ゆっくりと消える。
清正の二は立ち上がり、シルエットの感じで、下手へ入る。
と同時に、上手奥より、清正の一が舞台全面に歩いて出てくる姿をとらえて
舞台が明るくなる。清正の一は上手中程にて、座る。
下手より、三左衛門が、しずしずと現れる。家来二名、酒肴を持って続いている。
下手中程に、清正の一と向かい合って座る。
三左衛門は、歌舞伎的に、悲劇的に。
三左衛門
清正どの。一別以来。
清正の一
御堅固であったか。
三左衛門
倅も、
清正の一
娘も、
三左衛門
まずは、
清正の一
目出たく。
ある思いをもってみつめあう。
三左衛門
本日のお役目、ご苦労であった。
清正の一
なにぶんにも、無骨の清正。
三左衛門
大御所様には、清正どのにお盃を下さるとの仰せ。
清正の一
秀頼公御名代として、頂戴つかまつる。
三左衛門
私も大御所様名代として、
清正の一
徳川−豊臣両家の
清正の一
江戸−大阪の
清正の一
三左衛門
運さだめ。
三左衛門がまず、盃をついでもらう。
三左衛門
主人家康が名代儀成、これにて頂戴、つかまつる。
一気に飲む。ついで、清正の一の盃につがれる。
清正の一
加藤肥後守清正、右大臣豊臣秀頼の名代、ただいま頂戴つかまつる。
清正の一、盃を口までもっていって、ハッとする。
太鼓がはいる。続いてテインパニー。両音とも、瞬時に止まる。
続いて、交互に、段々弱く、テンポは早く。
最後に両者の音が合一した時、最高音の琴の音。ごく短い小節。
歌詞のない弱い合唱が入る。
三左衛門
いかがなされた、肥後守。
全てを理解した清正。
清正の一
大御所様の名代、森三左衛門どの頂戴の上は、清正、いかで辞退つかまつりましょう。あらためて
あり難く、頂戴つかまつる。
清正の一、静かに盃をほす。三左衛門、清正の一に近寄り、
三左衛門
親同士が、子に代わっての三三九度。その盃、三左衛門が重ねて頂戴つかまつろう。
清正の一
不調法なれど、清正の酌。
三左衛門
娘雛衣を、
清正の一
倅主計之助を、
三左衛門
よろしく願い。
清正の一
三左衛門
上げまする。
三左衛門、清正の一についでもらった盃を一息に飲みほす。
三左衛門、盃をおき、元に戻ろうとして、 三左衛門に背中をむけた
形の清正の一と背中合わせのまま、
清正の一
過分に思いますぞ、 三左衛門どの。
三左衛門
清正どのの御相手をつとめることこそ、身の本望。
清正の一
お礼をもうしあげる。
三左衛門
この上は、未熟なれどもわが娘を、
清正の一
清正の船にのせ、つれてかえらば、
三左衛門
この義成の心の安堵。
清正の一
たしかにおひきうけ、つかまつる。
そのままの姿勢で、両人、ゆっくりたち上がる。
三左衛門、少しよろめく。太鼓、間を置いて強く。
清正の一
しからば、森氏。
三左衛門
加藤氏。
清正の一
三左衛門
お別れ申す。
両人、ゆっくりと左右に離れ、身をかえして向かいあう。
清正の一、ゆっくりと歩き出す。
三左衛門のくずれていく姿をとらえて、
幕
第 三 幕
テインパニーとシンバルによるはげしい音楽。
舞台、徐々に明るく。船上。
清正の一、第一幕の幕あきと同じ位置に座って、眠っている姿勢
烈しい琴曲。
遠くに大阪城。 「お城が見えるぞう ーー」の声、遠くに。
淀の方の姿。大阪城と淀の方が真っ赤にもえる。
清正の一、目覚めて立つ。
清正の一
夢か。
清正の一、ゆっくり腰を下ろす。
清正の一
夢にみる大阪城は、炎につつまれ、雛衣の弾く琴の音は、戦場の雄叫びときこえる。五十年の
人生を、戦にのみすごした男のあわれな心の乱れか。
合唱、入る。
合唱
草のそよぎ 水鳥の羽音が 眠りをさまさせ 刃をきらめかせる 朝霧に立つ城も
炎につつまれ、毒酒の剣が身も心もきりきざむ
合唱が入ると、しばらくして、清正の一は刀を杖に、ゆっくりと
苦しげに、舞台全面に出てくる。
清正の一
先ほど斬った忍びの者。関東方か、大阪方か、それは知らぬ、この清正。何が敵。何が見方。
合唱
何が敵 何が見方 清正の生命を狙うは誰
毒酒にしびれ 僅かの時をもとめてあえぐ生命を 狙うは誰
合唱に合わせて、清正の一は、舞台を逍遥する。
清正の一
誰であるか知らぬ。誰でもよい。あわれむべきは、行き所なきこの身の上。
合唱
流れがとどまり 船がとどまり 時がとどまる
願う清正 聞かぬ流れ 船
清正の一、苦痛烈しく、また、もとの場所へ戻って、腰を下ろす。
合唱
これは戦国 戦にあけくれる士の道 愚かな清正 かたわもの
歌の間に、淀の方が、紗幕の奥にあらわれ、清正の一を見つめる。
やがて 紗幕が開いて、淀の方は、静かに腰をおろす。
合唱終わる。淀の方は、静かに、清正にかたりかけるように。
淀の方
分かってください、清正。よどは、上様を、太閤殿下に育てたいのではないのです。
清正の一は、正面をむいてすわったまま、
清正の一
お言葉の意味を解することができませぬ。
淀の方
太閤殿下は一世の英雄であった方。淀も深くお慕い申し上げておりました。しかし、
清正、六十余州の大名旗本に号令して、朝鮮まで攻めた太閤は、雄々しく、猛々しく
あったにしても、あの太閤のお姿のどこかに、卑しさがあったことは知っていましょう。
清正の一
例え生まれは、卑賤の身であられたにもせよ ………..。
淀の方
いいえ、お生まれのことを言っているのではありませぬ。人の生まれなどどうでもよいこ
とです。私の言うのは、苦しみと悲しみが太閤殿下を育てたとしたら、その時、太閤は、尊い
物を失っているということです。
清正の一はまた眠りにおちたように、動かなくなる。
シルエットのおもむき。
淀の方
清州の城において、柴田勝家が太閤を侮り、ことさらにその怒りを買おうとしても、腰
をもむことを命ぜられました。太閤は、嫌な顔ひとつなさらずに、その腰をもまれました。
淀の方は立ち上がり、眠っている清正の一に近づいてくる。
清正の一に話しかけるように。
淀の方
そうして、柴田勝家は北の庄に破れ、太閤は、天下取りとなられました。しかし、清正、
人の腰をもんだ時の太閤は、卑しかったのです。たとえ後に天下をとっても、人の腰を
もまずに天下を取った大将とは、おのずから気高さが違うのです。
千仞の谷に、蹴落とされた獅子の子は、力あれば、必ず崖をよじて、戻ってきましょう。
しかし、その顔には、一生消えることのない傷跡が残る筈です。例えその血が乾き、傷跡が
うめられる日がきても、そこに残された一本の筋は、隠しても隠しきれません。それが、
その獅子をして、けだものを感じさせます。
照明変わる。清正の一はシルエットのまま。
淀の方
この淀も、また ……………………….。
合唱
この淀もまた 幼い折に 燃え上がる城をあとに 母に手をひかれ 父を殺した大将の
前にひきだされ
淀の方は 歌に合わせて、静かに、所作。
淀の方
あれは、小谷の城、父は、浅井長政。
合唱
あれは、小谷の城、父は、浅井長政 敵の大将はの信長公。
淀の方
信長公は私の叔父君でもありました。
合唱
続く戦は北の庄 北なる国の雪を 紅の炎がとかし 紅の血がかため
淀の方
新しき父君たる柴田勝家どのは敗れて死に、母も亡くなり、私もまた、
合唱
敵陣へ 敵の豊臣秀吉のもとへ
淀の方、清正の一に、向かって。
淀の方
この淀に、清正、そなたを遠ざけ、太閤を今でも慕う人々を遠ざけてしまう、何かが
あるとすれば、それは、この淀がなめた苦しみ、味わった悲しみの故です。太閤を
慕った人々は、太閤とともに苦しんだ人々です。その人々に、その人々とくるしむことを
しなかった秀頼に、頭を下げさせようとするならば、その道は、一つしかありません。
それは、秀頼が、その人々に自然と頭を下げさせるような、気品をそなえることです。
秀頼には、人に頭を下げさして生きていく以外に、生き方はないのだと、人々に信じ
させることです。
清正の一はシルエットのまま。
淀の方
分かりますか、清正。私は秀頼を、生まれた時からの将軍に育てます。戦国の世の
大将に未だみられなかった、王に育てます。あの醍醐の花見の折、人々は誰も太閤
殿下を見ては居りませんでした。
人々が頭を下げたのは、王たる身の、生まれながらの大将である秀頼です。その秀頼
の手をとっていたからこそ、人々は、太閤に辞儀をしたのです。
声
(遠くで)お城がちかいぞう …..。
声
おう ーーー
琴の旋律、船唄にかわる。淀の方は現実にもどる。
清正の一、目覚めて、苦しげな様子。照明変わる。
淀の方は、きっと清正の一を見据えて、慄然と、高い調子で。
清正の二は、淀の方に向かって膝と手をつく。
淀の方
清正、なぜ大阪へ戻ってきました。
清正の一
上様に一目お合いいたしたく。
淀の方
上様はそなたになつきました。
清正の一
幼い折から、お守役であった虎之助。
淀の方
今も、私が眠らぬその傍らで、
清正の一
上様も、まんじりともなさらず、
淀の方
そなたを待っていることは本当です。
清正の一
せめて、一目なりと …………..。
淀の方
なりませぬ。
少し間。
淀の方
淀が、許しませぬ。
清正の一
孫にもひとしき上様なれば ………..。
淀の方
清正、そなたは関東に憐れみを乞いました。そのような清正は、上様のお傍にあってはなりま
せぬ。
清正の一
清正のおいましめをお聞きいただかねば、豊臣の家は亡びますぞ。
淀の方
ほろびる、ほろびぬ、私が問うのではありませぬ。
清正の一
太閤のお血筋がとだえますぞ。
淀の方
一世の英雄が生んだ、生まれながらの天下の主、秀頼どのは、たとえほろびようとも、最後
まで天下の主。一大名として生きのびてはならないのです。
清正の一
(だんだんくるしくなる)
上様は「爺よ、頼む」と仰せられた。
淀の方
生命を頼むと仰せられたのではありませぬ。
淀の方、清正の一を振り切るように、舞台奥へ向かう。清正の一は
淀の方を追うように立ち上がるが、苦しげにたおれる。
淀の方、段上に上がって、正面にかまえる。合唱、起る。
合唱
吾れは梅 梅の花 雪をいただき 寒風に 香りもたかく
吾れは梅 梅の花 雪も面白し 木枯らしも楽し
柳にあらず ただしだれ 頭をさげる柳にあらず
吾れは梅 梅の花なり 香りもたかく
合唱が入ると、ややあって、淀の方は、段上で舞うが、前の所作とは、趣が違わなければ
ならない。誇りたかい淀の方。合唱が終わると、清正の一に向かって、慄然と。
淀の方
大阪の城は、生れながらの天下の主が治めるべき城。淀がお預かりします。そなたには、そな
たの愚かさが分かっていても、この淀もまた同じ愚かとしか考えられないのです。ならば、清
正、死ぬがよい。国なき、都なき男は流れとともに去るがよい。さらばです。清正。
淀の方、身をひるがえして上手へ。
清正の一は身を起こして、にじり寄る。淀の方が去ると、大阪城が、
まっかに燃え、テインパニー、烈しく。清正の一は驚いて、舞台中央へ。
テインパニーが静かになると、清正の一の後ろに清正の二がせり上がって
くる。清正の一とかすかに重なる感じ。
琴と清正の二の台詞が入ると、清正の一が、静かに体を起こす。清正の二
は、舞扇をもち、幽玄に、大きく。歌舞伎的に。
清正の一は膝をついたまま、中央で、清正の二の台詞に合わせた所作を
するが、その趣は全く異ならなければならない。
清正の二
(歌舞伎風に)
いざききたまえ、淀のおん方。
二条の城に上様の御名代を名乗りし清正は、もとよりおとがめは覚悟のうえ。いかに気強く
おわすとも、大阪は所詮太閤の昔にあらず。淀の流れをさかしまにかえすこともかなわず。
ことあらば、上様御成人を待たず、大阪を亡ぼさんは徳川の心。一旦の屈辱に耐えかねて、
誘いにのるは、これ匹夫の勇。頭をさげても、豊臣の御家亡びざればと願って、名代に立ち
しこの清正。
案に違わぬ家康の言葉も、重なる問いと答えにおのずとほぐれ、うれしや、清正の誠、天に
通じしかと、心もとけていただくいただく盃。怪しき殺気に毒酒と気づく。はて、いぶかしき
は家康の心。許したりと見せかけて、吾をあざむき、生命をうばわん心なるか。
哀れ、あさはかにも、迷う我が身に注ぐ二つの眼。毒酒をすでにほしたる三左。死はすでに彼
の上にあり。家康は、おのが重臣を殺したり。さらば、この盃は……….さてこそ。
清正の一、膝をついて、訴えるように。
清正の一
清正に帰るべき国なし。
清正の二
死ねよ、清正。
清正の一
日本はおろか、唐天竺にまで、
清正の二
その名とどろく肥後守なれば
清正の一
家康の重臣が、その死出の道つれ
清正の二
名代同士。
清正の一
相舅同士。三左衛門を、あえて私の相手に選び、先に盃を干させた家康公の心は、少しも
悪びれることなく、情を知って、盃を二つまでほした 三左衛門の心とともに、この清正に
は、痛いほどよくわかった。
ここが清正の死に場所よと、家康公は、大事な重臣を殺したうえで、三左衛門は、自己の
生命を犠牲にした上で、清正に教えてくれた。
二人の清正は、それぞれ、上手と下手を向いて、清正の一は手をつき、
清正の二
かたじけない、大御所さま。
清正の一
お礼を申し上げる、大御所どの。
清正の二
お礼を申し上げる、三佐衛門。
清正の一
かたじけない、 三佐衛門。
清正の一は平伏して、そのまま動かなくなる。
清正の二はさらに歌舞伎的に所作をいれて。
清正の二
われはこれより大阪へ。身は船上に果つるとも、わが魂は忘れざる、幼君われにたまわれし
「爺よ、頼む」の御一言。百千万の強敵もつかみひしぎし清正が、五体を貫き肉をさき、心魂
五蔵にしみいりて、瞼ささるる思いこそ、空に輝く星象光。音高く折るる梅にもあらず、しだ
れて時まつ柳にあらず、われは雪なり、われは雪。
男声合唱。
合唱
われは雪 梅の枝につもる雪
老いて、力を失うときに しずかにすべり落ち とけて土にしみる これは雪
梅の枝につもる雪。
歌に合わせて、清正の二の、幻想的な舞がつづく。
合唱の繰り返しに重ねて清正の二の台詞が入ると、清正の一は、身を
起こす。清正の二は、段上に。
清正の二
(合唱に重ねて)
われは雪、梅の枝につもりし雪。
合唱がくりかえす。
清正の二
とけて土にしみゆく、いまわのきわに、
清正の一
我を愚かと笑わば、笑え。
清正の二
孫にもひとしき上様に、
清正の一
せめて最後の、お別れを。
清正の一と二、それぞれ上手と下手を仰いで両手をつく。
二人の台詞が、からみあう。
清正の二
上様 必ずお気遣い遊ばすな。 爺の生命は
清正の一
上様 一目お目にかかりたくとも 爺の生命は
清正の二
たまゆらに 消えなば君のおん側に
清正の一
もはやつかの間、 たとえ草深き田舎にも
清正の二
君を守護なす我が心魂、
清正の一
鄙には鄙の味わいがございますぞ。
清正の二
ご安堵あそばせ、 上様
清正の一
いつまでも堅固におわしませ。
清正の一、必死の思いで立ち上がる。
清正の二は、段上で平伏したまま、消える。
清正の一
おお、お城じゃ。
上様 …… これは太閤さまか……。虎之助、酩酊いたしたのではござりませぬ……。
いやいや…… 槍でも刀でも、この虎之助は、未だ人後におちませぬぞ……。
大御所さま、いつでもお相手をつかまつる。上様……。あぶない、足下に岩があります。
なんの、淀のおんかた、清正とて幼少のみぎりは……、このくらいの岩山はよじましたぞ
上様、登ってごらんあそばせ…… お一人で……お一人で……。
(淋しげに)上様もお一人じゃ……爺がおそばに……。
主計之助、雛衣、晴れて夫婦となれて嬉しかろう(笑う)……。
…… お城が ……お城が燃えておる。誰かいないか。
槍をもて。地震じゃ、地震じゃ。
合唱、起る。清正の一の台詞と合唱がからまる。
合唱
堀は深く
清正の一
橋をおろせ。 ………………. 門を開け、開門いたせ……………….。
合唱
門をかたく
清正の一
加藤肥後守清正、ただ今たち戻った。
合唱
崖は高く
清正の一
橋をおろせ。 ………………. 門を開け、開門いたせ……………….。
合唱
天守は冷たく
清正の一
この清正、この清正が、もう役に立たぬと思し召すか。
合唱
馬は声なく 人は語らず 松は歌わず 鳥は鳴かず 浪速の城は人なき城 心なき城
清正の一
船が沈むぞ。舟夫ども、精をだせ………。
清正の一
加藤肥後守清正、立ち戻った。加藤肥後守………。
清正の一悶絶して倒れる。照明、消え、舞台は一旦暗黒。
声
お城につくぞ ……….。
ややあって、
声
お城につくぞ ……….。
清正の一、起き上がる、と同時に、段上に清正の二がすっと立つ。
清正の二は、清正の一にむかって、
清正の一
上様、爺よ頼むと仰うせられましたな。…………………..爺よ、頼むと。
清正の二
力と頼むは肥後守。
清正の一
わしを頼むとな。
清正の二
爺よ。
清正の一
上様。
清正の二
爺よ。
清正の一
上様。
清正の二
爺ひとりじゃ。
清正の一
上様。
清正の一、くずおれる。清正の二は、清正の一のもとにはしりよろうと
段にかかるが、思いとどまる。音楽一転する。照明、徐々にかる。
清正の一は、一旦起き上がるが、そのままくずおれる。
清正の二は、段上から徐々に、舞台中央の清正の一の近くまで出て
くる。はじめは、ゆっくりと。しかし、徐々に、それまでの幻影的
なものから、テンポも早く、振りも大きく、活気のある舞に変わっ
いく。
清正の二の舞が始まると、清正の一と二を舞台中央に残したまま、
船が動き始める。舞台正面が開いて、奥へ吸い込まれていく。
合唱
今 たどり着く 浪花の城は 主なき船に門ひらく やがて落ちゆく日をうけて、
空に燃え立つ運命の浪花の城も 今は 朝日に霞みかがやかせ 黄金と映ゆる
たぐいなき姿 役目はたせる 重荷おろせる 朝はきらめき 波はおさまる
おこる船唄 船子ども 主なき船の船子ども 主なき船と知らずして 起る船唄
船唄 おこる
大きな城門が、音を立てて閉まる。いっせいにに船唄おこる
合唱
城は大阪 豊臣さまよ すすき 尾花も みななびく
舞台正面、一斉に明るくなって、船子たち、大勢あらわれる。
淀の方、秀頼、腰元たちを乗せて、せり上がる。
正面、数段上った淀の方。側に秀頼。後ろに大阪城城門と城壁。
船子たちの喜びの踊り。
清正の二は、舞台中央段にかまえて。
清正の一は、その手前にかまえて。
清正の一と二、いわゆる、清正公見得。
船唄、たかまるうちに、
幕