詩劇「淀の方」

 
  詩  劇

             淀 の 方

           第 一 幕

          琴と打楽器による序奏。 
          合唱おこる。

独 唱    あらためて名をかへてみん深雪山
                 うづもる花もあらわれにけり

合 唱    雪もとけ 姿をみせる花もいつかしのび
                 僅かに残る花の香りに 思いがひそむ

          間奏あって

合 唱    慶長十九年 豊臣の天下をふたたび望む大阪方に
       徳川の御代長かれと 家康が攻めかかる それは冬のいくさ
       東と西の両軍のおもいをこめて結ばれた平和もよつき
       元和元年 またもまきおこる戦のひびき それは夏のいくさ 
       大阪の 豊臣の 太閣の ほまれも なごりも かがやきも
       炎とともにもえっきる
 
       間奏あって

独 唱    つゆとおち つゆときへにしわかみかな なにはのことも
       ゆめのまたゆめ

       間奏あって

女 声    なにはのゆめの またゆめが 描きいだせし大阪の城
合 唱    そのあるじ淀のおん方 たけたかく 心もたかく 天主にそびえ 
       なな色に虹なす光りに こがねをそえる
                  虹す光りに こがねをそえる
       女あり 気高き女あり 主と生きし 女あり
       音高く折れゆく梅の 音高く折れゆく梅の 女あり
       
       間奏あって

独 唱    なさけある胸に まどいて咲くよりは 霧にかくれて かおり残さむ

合 唱    なさけある胸に まどいて咲くよりは 霧にかくれてかおり残さむ
       まどいて咲くよりは 霧にかくれてかおり残さむ かおり残さむ

       舞台、明るくなる。
       中央に大野修理亮治長。
       上手に真田左衛門佐幸村、木村長門守重成、速水甲斐守守久、
       下手に後藤又兵衛基次、毛利豊前守勝永、が並び、
       一段奥に、淀の方、千姫、侍女青柳らが控えている。

       男たちは評定をしているところ。
       淀の方は出座しようとしている。大鼓。

青 柳    淀の方さま、御出座にござりまする。

       大鼓。一同、平伏する。治長が席をゆずり 淀の方が中央にすわる。
       千姫、 青柳はその少しうしろに。

淀の方    そのまま続けてください。

       治長、一礼してから、

治 長	  すでに、お聞き及びのことかと存じますが、大御所家康には、
       徳川義直の婚儀のためと称して、すでに名古屋ヘ到着、十八日
       には京都二条城へまいり、将軍秀忠もまた、四月十日に江戸を出発、
       二十一日には伏見城へ入る予定にございます。さすれば、
       関東方にはすでに 戦の配備につい たとみとめられ、
       
       再度の戦は、もはやさけられぬというのが、
       列席の諸将の意見でござる。
        
       淀の方、うなずく。


治 長    和戦、いずれの道を選ぶべきかは、もとより、上様御決裁あるべきところ。
      我々といたしましては、
      いずれの道が定 まるにもせよ、
      遺漏きょう、手はずをととのえたく存じ 
      ております。

       
       淀の方、うなずく。

治 長    (諸将に)諸将も御存知のごとく、このたびの和睦にさいして、
       外掘を埋めよ との家康の申し出でが、当方には一言のことわ
       りもなく、外堀ばかりでなく、二の丸・三の丸の内堀まで埋
       められた。これは、ともかく出来得るかぎり掘りおこさなけれ
       ばならぬが、勝永殿、人夫の子配その他は、如何とりはからわれた。


勝 永    すでに人夫は三万余を集め、工事は昼夜を徹しておこなって
       おりますが、なにぶんにも工事はかなりな難しさ、思いのほかに
       進んでおりませぬ。

幸 村	  もしも、元通りに掘りかえすとなればどの位の月日を要すると考えられる。





勝 永    おそらくは、数年を要しましょう。

幸 村    すでに掘りかえした掘の、長さと幅は。

勝 永    深さは約二尺から三尺。長さは約二町。百聞を僅かに越えただけでござる。

幸 村    それでは掘としてはまるで役にたちませぬな。

基 次    掘どころか、溝にもならぬわい。

重 成    戦の始まる時を二ヶ月後とすれば?さしたる進捗は望めませぬ。

基 次    閑人どもの釣り掘程度の役にはたち申すわ。

重 成    惣掘、その他矢倉の類を、旧にかえす工事はいかがでござるか。

勝 永    これらは関東方に破壊されたとはいえ、もともと戦のための急ごしらえ、
       ふたたび組むのに手間ひまはかかりませぬ。

重 成    そうして、その方の工事の進みは?

勝 永    いまだ、全く手をつけておりませぬ。


重 成    それはなにゆえに。

基 次    お若いなあ、長門守は。惣掘をほり、矢倉をきずいても
       二の丸・三の丸がす  でになく、内掘も平地とあらば、
       外構えは野中の火見櫓。戦の役にはたちませぬなあ。

重 成    無駄だと言われる?


基 次    さよう。内にそなえあっての外の構え。後詰なき先陣は無駄死に同然。


       ま、女子供にはお分かりにならぬかもしれぬが。

重 成    この木村重成は子供でござるか。

基 次    いやいや、先日、今福でのおみごとな戦いぶり。後藤又兵衛、感服い
       たして おる。     

重 成    しからば、今、女子供といわれた訳をうかがいたい。

基 次    子供の方はつけたしでござるよ。

       少し問。

治 長    後藤どのもお若いようじゃ。あいもかわらぬ毒舌ぶり。

基 次    言葉がすぎましたかな。なあに、どうせ仲間喧嘩は大阪名物。
      名物にうまいものなし。聞く方によっては、ずいぶん苦かろう。

       少し問。
       淀の方が発言しようとする。

治 長    (それを知らぬかのように) 掘りかえし工事が  
       そのようなありさまとすれば、
       大阪は文字通りの裸か城。再び戦をおこすか  
       どうかは、十分慎重に考えなければなるい。
重 成    そのように思われます。

基 次    十分慎重に考えるべきは、戦をやめる時よ。それを軽々しく和睦しておい 

       て、掘がうずめられてから慎重になっても、いささか遅くはござらぬかな。

幸 村    又兵衛殿。過ぎたことはもうよいではござらぬか。

基 次    だいたいこの又兵衛にはうなづけぬことが多すぎる。先程も大野修理殿が言 
       われたが、当方の気付かぬ内に、一言のことわりもなく内堀をうずめられた 
       そうだが、夜の夜中に盗人が忍びこんだわけでなし、ひと月近い工事の問、
       ことわりがあったかなかったか、指をくわえて居眠りしていた大阪方は天下
       の物笑いの種でござろう。
重 成    その義はもはや相済んだことでござる。

基 次    加えて、関東方は掘を埋める土が不足し、千貰櫓をこわしたうえに、大野殿 
       
       の屋敷もこわして埋め立てに使用している。
      おのれの屋敷をこわされても、当方にこと   
      わりなしとおちついておられる御仁は、こ
      の戦国には、希有な御器量のお方でござる 
      よ。
幸 村    もうょいと申すに、後藤殿。

       少し問

基 次    ほんとによいことなのかな、これが。

守 久    少し言葉が過ぎませぬか、後藤殿。

基 次    いやいや、少しなどとんでもない。たくさん過ぎた言葉でござるよ。

治 長    又兵衛殿のお気持ちは分かるが、このたびの和睦が、我々にとって、
      不利となったことはすでに明らかなこと。手落ちの省はこの治長が負うてお 
      る。少しでも時をかせぎ、すでに老齢の大御所家康の死を待つのが上乗と考 
      え、関東方の言い分をのん、だことも、関東方がこれほど迄性急に事を運ぶ
      以上、愚かな判断であったとののしられでもやむをえぬが、それだけに今は 
      なおさら、諸将の協力をお願いする次第じゃ。

基 次    協力しがいのある相手と、ない相手とがござってなあ。


勝 永    お気に召さぬならば、域をいでられよ、後藤殴。


治 長    (直ちに)出過ぎたことを申すな,速水守久。


基 次    この又兵衛は大阪が好きじゃ。だから、ここで死ぬことに決めておる。
       しかし、みじめな死に方はいたしたくない。それだけよ。
       
       後藤基次はたちあがる。

幸 村    いずこへ行かれる、後藤殿。  
   



基 次    又兵衛は用事を思い出した。中座いたす。

重 成    大事の評定でござるぞ。

基 次    よろしくはからわれよ。又兵衛はあとでうかがおう。

       花道へいきかけて、

基 次    これも余計な言葉であろうが、御母公さまはいたし方ないとしても、
      お千の方さまは、徳川秀忠の御息女。大事の会議に遠慮された方がよろしか 
      ろう。これは失礼。後藤又兵衛、浪人ぐらしのうちに、武家の作法を忘れ申
      した。お許しくだされ。

       又兵衛、大笑いしながら花道を去る。少し問。

千の方    (淀の方に) お千は、奥へ戻った方がよろしいのではございませぬか。
淀の方    (きっぱりと) その必要はありませぬ。千姫どのは、右大臣秀頼公の御正室。
    上様に代わり、この座におとどまりなさい。

守 久   (治長に) 又兵衛殿は、城を出られるのではありませぬか。

勝 永   そうとすれば、今のうちに討ちはたした方が:

治 長   ひかえよ。両人。

重 成   (二人に)今福の戦いでの後藤殿の猛勇ぶり。この重成も、実を申せば、後藤殿に 
      助けられての巧妙。
 
幸 村   (つぶやくように) 又兵衛殿は、武士でござるよ。

      静かに真田幸村も立ち上がる。

重 成   幸村殿。

幸 村   評定は、もはや、あい済んだも同然。それがし
      も失礼つかまつる。

      幸村、退場する。

重 成   幸村殿も御立腹なされたのであろうか。      

治 長   いや、そうではござるまい。

重 成   しからば、なぜ

治 長   このまま評定が続けば、又兵衛殿の立場がなくなると思われたのでござろう。
      (皆に)いずれも、今日の評定はこれまで。御退席めされ。

       勝永、守久、去る。

治 長    (重成に)木村殿は、又兵衛の館へ行かれよ。

重 成    .....
 
治 長    おいでになればそれでよい。今福での戦いの巧妙話し、盃くみかわしなが 
       ら、成分かり申した。一夜を過ごしておいでなされ。



    
       重成、立とうとする。


 
淀の方   重成殿。

重成    (一礼する)
 
淀の方   (侍女の青柳をさし) この青柳も、後藤殿やそなたの戦さ話が聞きたいと申し
      ております。つれて行ってやってください。

重 成   かしこまりました。

淀の方   青柳、重成殿の お供をするがよい。

青柳    (黙て一礼する)

淀の方   (笑って) あまり甘えて、重成どのを困らせてはなりませぬぞ。


       重成と青柳、一礼して退場する。


千 姫   私も失礼いたしまする。

淀の方   後藤殿の言葉、お気にめさるな。戦国の世、明日をしらぬ生命の人々は、
   遠慮もいたわりもありませぬ。お千どのを心から疑つての言葉ではありませぬゆ 
   え、かまえて、心にかけられますな。

千 姫   分かっております。
淀の方   ただ、お千どの。お聞きのように、関東・大阪はふたたび手切れとなるやも知
      れませぬ。そうなれば、大阪の運命もどう変わるかわかりませぬ。
千 姫   はい。
淀の方   そなたは右大臣秀頼の妻。もはや、徳川秀忠殿の娘ではありませぬ。
   それは分かっておりますか。
千 姫   分かっているつもりでおりまする。
淀の方   それならよいのです。その覚悟さえあれば、又兵衛殿の言葉も、他の人々の清 
		 疑の眼も、みな幻を追う愚かな響きとかわります。
    淀は、お千どのを信じております。
千 姫   はい。
淀の方   おさがりください。

       淀の方と治長の二人だけになる。音楽はいる。

治 長   (少し闘をおいてから) この治長の不手際より、お聞き苦しきことがお耳に入

      り、恐縮に存じます。
淀の方   いいえ、私こそ、私ゆえの治長殿の御苦労、申しわけなく思います。それは仰
      せられますな。

      少し問。

淀の方   それにしても、もはや残り僅かな大阪の運命。
    いまだに、皆の心が一つにならぬことは、無念です。
治 長   残り僅かと言われましたな。

淀の方   申しました。
治 長   しからば、ご母公さまには、関東との手切れをすでに御覚悟あそばし、淀の方 
      豊臣の御家の運命も覚悟いたしております。
治 長   御母公さま。
淀の方   はい。
治 長   治長は、今少しお気を長くと、お願い申しあげておりました。淀の方きいてい
      ました。
治 長   お聞きとどけはいただけませぬかな。
淀の方   加藤肥後守は、たとえ一大名としてでも、豊臣家を生きのこしたいと、
   家康に生命乞いをしました。
治 長   二条城に、上様御名代を名乗りましたおり。淀の方淀は、清正に怒りました。
      治長豊臣のお家が、
淀の方    ほろびる、ほろびぬを問う淀ではなく、
治 長    音高く折れる梅の気高さこそ、
淀の方    ただしだれ、時を待つ柳よりも、
治 長    静かにすべって土にしみいく雪よりも、

淀の方    生まれながらの王のとるべき道と、

治 長    御母公さまは、そう仰せられた。
淀の方    この淀は、そのように信じました。

治 長    しかしながら、春の日ざしを、うけて、雪はようやくとけかかっておりま  
       す。
淀の方    先を急いで、みずから枝を折ってはならぬ。
治 長    治長はそのようにお願いしておりました。
淀の方    しかし、治長殿、それはかなうことでしょうか。
治 長    ……………。
淀の方    治長どの自身、信じていないのではありませぬか。

治 長    関東勢が外掘を埋め、その勢いに乗じて内堀まで埋めはじめた時、
    治長は、はじめて、




そなたは、なぜ、内掘が埋められる再び戦を起こしてまでも、掘が埋め


治 長    関東勢が外掘を埋め、その勢いに乗じて内堀まで埋めはじめた時、
    治長は、はじめて、
淀の方   豊臣の世もこれまでだと、
治 長   考えるようになりました。
淀の方   治長どの。
治 長   はい。
淀の方   さきほど、文兵衛殿も申しておりましたが、そなたは、なぜ、内掘が埋めのを
      許しました。
治 長   決して許してはおりませぬ。
淀の方   みなが不審に思っています。そなたはなぜ、再び戦を起こしてまでも、内掘が 
      埋められるのを防ぎませんでしたか。
治 長   御母公さま。
淀の方   はい。
治 長   そのことについて、なぜ今日まで、この治長をおとがめになりませなんだ。
      少し問。

淀の方   治長殿。  
治 長   御母公さま。
淀の方   今は、ききませぬ。
治 長   うかがいませぬ。
淀の方   また、たずねもしませぬ。
治 長   おこたえもいたしますまい。 
淀の方   いずれ。
治 長   いずれ。
淀の方   大阪最後のおりに。
治 長   御母公さま。
淀の方   治長どの。

      下手中段より、高台院があらわれる。

高台院   お二人ともそこにおられるのか。
治 長   (席をゆずりながら)これはこれは、高台院さまには、時ならぬお入り。
高台院   評定をしているとか聞きましたが。
治 長   半刻ほど前に終えたばかりでございます。


高台院   それならば、かえってよい時に来たのかもしれませぬ。
   私は、お二人に聞いてほしいと思って来たのです。
治 長   わざわざのお運びは、恐縮に存じまするが、して、そのお話しと申されるの
      は。
高台院   大阪のことです。淀どの、修理どの、お二人のこころ次第で、大阪
      は滅びも、生き残りもします。
治 長   おそれいります。
高台院   私は、太閤さまの築かれたお城が燃えおちることに、耐えられないのです。
    このお城は、あなたがたのお城ではありませぬ。
治 長   高台院さま。
高台院   治長どの、今度関東と戦をかまえれば、大阪は負けます。豊臣は亡、びます。
    私には、そうとしか思えないのです。
淀の方   高台院さま、御心配は無理からぬこととは思いますが:
高台院   秀頼どのは、大阪から伊勢、または大和へお移りあそばし、新規お召しかかえ  
      の浪人どもはただちに追放し、関東に対しそむく気持ちのないことをお示しく
      ださい。

       少し問。
高台院   (少し語調をやわらげて) お二人のお姿をみて、つい一息に言ってしまいまし
      た。言葉がすぎていたのならあやま  
      ります。
治 長   決して、そのようなことはございません。
高台院   それなら、私の言うことを聞いてくれますか。

淀の方   高台院さま。あなたは故太閤殿下の御正室さま。お城をいとおしく思われるお
      気持ちは分かりますが、お城さえ残れば、太閤さまがお喜びなられるのでしょ 
      うか。
高台院   秀頼どのも生き残ってほしいのです。それは申し上げるまでもありますまい。
淀の方   分かっております。ただ秀頼どのが生き残りさえすれば、どんな形でも、それ
      はよろしいのでしょうか。
高台院   秀頼どのは、あなたがお生みなされた子であるゆえ …。
淀の方   そのようなことはかまいませぬ。今はただ、亡くなられた太閤さまの忘れがた
      みとして、

高台院   ともかく、生きていてほしいと思います。お城は、そびえていてほしいと思い
      ます。

治 長   さきほど高台院さまの仰せられました城替えの件、伊勢か大和へ秀頼公をお移
      し申せとの御意見は、高台院さまのお考えでござりまするか。
高台院   大御所家康どのの御意見です。
治 長   しからば、今日、高台院さまがおこしあそばされたのは,。
高台院   はっきり申しあげましょう。家康どのから、大阪方の意向を聞くように、先  
      日、私まで、御使者がありました。


      少し間。

淀の方   治長どの。実はさきほど、私の妹の常高院が、これまた大御所の意を介して、
      私のもとまで、同じことを申し入れてきております。それで、私は先程の評定
      の席へ出てきたのです。
治長    さようでございましたか。して、他に、大御所よりの御申し出はございません
      でしたか。
淀の方   国替え御承知なくば、せめて、新規お召しかかえの浪人を、すべて追放せよ。高台院   その浪人の中には、真田幸村、後藤文兵衛どのまでも含みます。
治 長   国替えの要もなく、浪人たちも一切おかまいなしというのが、さきほどの和睦
      の条件であったはず。
高台院   しかし、大阪方とて、真の和睦と思ってはおりますまい。

治 長   して、それを大阪方において拒むときは…。
高台院   大御所さま自ら、大阪城、うけとりにまいると。

      上手花道より、毛利勝永。ひざをついて、

勝 永   申し上げる。   

治 長   なにごとじゃ。

勝 永   大野治房殿曜下の将小幡景憲、御不審のごとく、堺の居宅を焼き、黄金二千 
      枚・郡山に向かって鉄砲三百挺をたずさえて、勝治お城を出発、郡山に向かっ
      て鉄砲三百挺をたずさえて、伏見に逃走してござる。
治 長   やはり秀忠の問者であったか。
勝 永   塙田右衛門直次殿、それを追うと称し、兵二千余をひきいて暗峠をこえて郡山  
      に乱入、五条の城主松倉重政の軍と戦闘中でござる。
治 長   なに! すでに戦をはじめたのか。
勝 永   他に岡部則綱、御宿勘兵衛、長岡政近の手の者も、ござる。

      少し問。
治 永   (勝永に)諸将を集められよ。
勝 永   心得てござる。

      勝永、去る。
治 長   (高台院に) お聞きおよびの通り、治長の志と異なり、すでに戦は始められまし
      た。お申し越しの件につきましては、なお努力はいたす所存でござる。今日の
      ところは、ひとまず、おひきとりいただきたい。
高台院   (怒って) そなたの柔弱な態度が、ことをここまで運ばせたことに、気づきませ
      ぬか。
治 長   お叱りはのちにうけまする。急を要するは城の備え。いずれ。
   
      治長の態度におされて、高台院は立つ。

高台院   御天守におります。太閣のお城であることだけは、お忘れくださるな。
治 長   御母公さま。
淀の方   思ったよりも早く戦がはじまりました。
治 長   家康はこれを好機として、一挙に大阪に攻めよせてまいりましょう。
淀の方   上様にお目通りしてきます。もはや猶予はなりますまい。
治 長   上様御決裁は、一刻を争います。御母公さま、諸将の集まるその席にて。
淀の方   もう一度まいります。
   その前に、治長どの、そなたの覚悟が聞きたく思います。
治 長   覚悟とは?
淀の方   梅が音高く折れる、その折りの。
治 長   (一礼して) 千軍をひきいる将にはあらざる治長ではござりまするが、
   お城の最後を守る将として、
淀の方   お城の、最後を守る将として、
治 長   お城の最後と、(はっきり淀の方にむきなおって)淀さまの最後を守る将として。淀の方   その手立ては?
治 長   治長、お城をいでませぬ。
淀の方   かたじけなく思います。 また、頼りに思います。治長どの。

治 長、  一礼する。淀の方、退場。
      照明がかわり、音業もかわる。諸将が入場、上手に幸村3下手に又兵衛のシル
      エット。
      はげしい打楽器の連打のうちに、徳川家康が上手花道にあらわれ、観客に背を
      むけ、諸将に向かって

家 康   すでに河内路には藤堂高虎が兵五千をひきい、同じく井伊直高が三千二百。
     松平忠直、榊原康勝、本多直朝、酒井家次があわせて二万。大和口には、水野 
     勝成以下伊達勢などあわせて二万。
     本陣は、将軍家曜下の二万の他に、この家康自身が三万五千をひきいて、大阪 
     に向かっておる。大阪の運命は三日のうちに定む。
     無用の長評定。今は最後の家康の情けじゃ。秀頼公に、上総か、下総の一国を 
     与えよう。ただちに城を去って、関東にまいられよ。
 
      無表情なシルエットの諸将。

家 康   大阪の城あるがゆえに、いくたびも戦がおこる。
     秀頼殿は域を出で、天下に戦乱の罪を詫びるがよかろう。

      無表情のシルエット。音葉が変わり、家康は大笑いする。


家 康   時の流れを知らぬ者は、亡びるほかしかたがあるまい。
     関東に根を生やす徳川には、土の力がある。水の勢いがある。
     すべてをのみつくし、おおいつくす、色なき生命の烈しさを思いしるがよかろ
     う。

      幸村にスポット。

家 康   幸村殿。そなたはこの大阪には惜しき器量人。信濃一国をそなたに与えよう。
     ただちに城を去って、関東方にまいるがよい。

幸 村   せっかくの大御所のお言葉ながら、幸村は、十万の軍の、一方の将として働た
      ことに十分満足いたしておる。これだけでも冥利につきる。
      しかも、秀頼公は、この幸村の豊臣家の軍略をお用いくだされた。
      豊臣家の武運たつきょうとも、幸村は、おのれを知る人の為に死を賭して戦う   
      でござろろう。


      幸村が消え、基次にスポット。



家 康   又兵衛よ。力をもてあまして大阪についたな。そなた一人が大阪につくかっか
      ぬかで、大阪の運命もきまる。あっばれな器量じゃ。
     家康自ら頭を下げ、城をでてくれと頼もうか。

基 次   大御所様ともあろう方が、またたいそうなお頼みだな。
     又兵衛一個の去就なぞ、さしたることではござらぬよ。文兵衛は死ぬことにき
     めておる。
     これをのがせば、力一杯戦って、首をうたれて死ぬ機会はもうござるまい。又
     兵衛は、そうして死にたいのよ。

      基次のスポットきえる。家康、大笑いする。

家 康           やはり聞かぬか。さらば、大阪の生命は三日かぎり。
               家康、戦場にてお目にかかろう。
                  
                  家康、大笑いしながら、上手花道退場。打業器の連打のうちに、諸将次々と登
                  場。治長を中心にして観客に背をむけ、ひざをつく。

                  淀の方、上手中段に足早にあらわれる。諸将にむかつて、
  
淀の方          諸将の志、この淀は、かたじけなく思います。
           秀頼公は、家康の違約をにくみ、開戦を決意せられました。
           潔く決戦をいどみ、もしも力折れ、矢つきなば、諸将とともに死する御覚悟で  
           す。豊太閣の光りの最後の輝き。淀も、諸将と共に戦います。


                  淀の方、舞台奥中央にいく。
                  諸将立ち上がり、一斉に正面に向き、前進して一列。大鼓。

 治 長   (大声に) 上意でござる。開戦いたそう。

			一斉に足拍子。




幕
























第 二 幕

      千姫。
      青柳が花道より。

青 柳   お千の方さま、ここにおいででございましたか。

千 姫   青柳ですか。

青 柳   はい。上様がおよびでございます。

千 姫   そうですか。

			しかし、千姫は動かない。

青 柳   おいでになりませぬか。
千 姫	 青柳、そなたは木村重成殿に嫁ぐのですか。
青 柳   (少し聞をおいて) はい。

千 姫   私には分からない。

      
      少し問。






千 姫   大阪のお城はもう僅かの運命。豊臣家もそれまでの生命。

青 柳   お千の方さま。

千 姫   いいのですよ、青柳。みんなそう思っていることです。

青 柳   でも、お口に出しておっしゃってはなりませぬ。

千 姫   口にだしてもださなくても、もう、誰も気にしないようになってきています。

青 柳   たとえそうでも、私はお城がほろびるとは思いたくありませぬ。

千 姫   お前が思ってみても、どうにもならないことでしょう。

           少し問。

青 柳   お千の方さま。
千 姫   なんですか。
青 柳   私が木村さまの妻となることが、なぜお分かりにならないのですか。
千 姫   豊臣家がほろびれば、木村さまも生きてはいらっしゃいますまい。
     お前はその人の妻になるという。
青 柳   おかしいことでしょうか。
千 姫   おかしくないことかしら。
           少し問



青 柳   上様がおよびでございましたが。
千 姫   分かっています。しかし、それよりも、青柳、
      この千姫はどうしたらよいと思いますか。

青 柳   どうしたら...とは?
千 姫   お城がほろびる時です。
青 柳   お千の方さま。
千 姫   (いたずらっぽく)お前がそんなに気にするなら、もう少し声を小さくしてあげま 
      しょうか。
 

青 柳   そのようなことを平気でおっしゃるお気持ちが、青柳には分からないのです。

千 姫   分からないかしら、本当に。

青 柳   とにかく、上様がおよびでございますから、少しも早く…。
千 姫   青柳、私が上様の妻となったのは七才のとき。だから、私は、豊臣の家で育   
      ち、徳川の人間というより、豊臣の女と言われた方がふさわしい身でしょう。
青 柳   はい。
千 姫   先日も評定の席で、私のことを、又兵衛どのが徳川秀忠の娘といわれたとき、 
      私は、むしろ不思議な気持ちがしたものです。私が徳川の人間…。
青 柳   そういうお千の方さまなら、豊臣のお家がほろびると、他人ごとのように、
      なぜおっしゃれるのでしょう。


千 姫   豊臣の家が他人ごとではないのです。滅びるということが私には分からない。
青 柳   しかし、武運っきれば...。
千 姫         どうして、そのような言葉を使うのですか、青柳。
青 柳         おかしいでしょうか。
千 姫         おかしいですよ、もちろん。

                  少し問。


青  柳           お千の方さま。私は木村さまをお慕い申しております。妻になりたいのは、
                   そのためです。
千  姫            そのためですか。
青  柳            そのためです。         

千  姫          そのためだけかしら。
青  柳          そうです。

千  姫       そう。それなら、いいのかもしれない。しかし、そうだとしたら。

       淀の方、治長、重成、勝永、下手花道より。


淀の方   幸村殿や、又兵衛殿のご不満はそこにあるのですか。


治 長   さようでござる。二万の兵をひきいて、宇治・瀬田に陣をかまえたしとする意
      見を、我々が取り上げぬうちに、早くも戦が始まったのでござる。
淀の方   淀には戦のことはわかりませぬし、また、聞くべきでないかもしれませぬが、 
      それはまた、なぜ、反対されたのですか。

重 成   この重成も、実を申せば、城の外に出て戦いとうござった。なにゆえ、大野殿
      が反対なされたのか...。

治   長        この治長が臓病ゆえ、城の外へ出るのをいやがったと、皆は噂しているのでご
                 ざろう。
勝 永   失礼ながら、この勝永もそのように考えた時がござった。

 

治 長   (軽く笑って) 内堀は埋められる、震えて城の外に


      
は出かけぬ、治長、よい所がございませぬなあ。

重 成   冗談はさておき、治長殿のお考えをうけたまわりたい。
治 長   このような場所ではいかがかと思われるが...。ま、手みじかに申せば、大阪
     の心は一つではござらぬ。力を二つに分ける訳にはまいらぬのよ。
重 成   真田殿や後藤殿をやはり信じておられぬのでござるか。

治 長   いやいや、そう意味ではござらぬが。ただ...。
勝 永   ただ...。


治 長         (勝永に)勝永殿は早合点ゆえ、めったなことは申されませぬな。

勝 永   これはまた無礼なことを。

治 長   いや、これも冗談でござるよ。うちあけて申せば、治長は、真田、後藤といっ
      た人々に、むやみに死なれては困るのよ。
勝 永   それは又、いかような意味でござる。
治 長   死なれて困るのはお手前たちもおなじこと。とすると、治長の申すことはおか 
                 しいかな。それならば、御母公様のおそば離れがたくてお城にこもる、とでも
                 思っていただこうか。… そうだとすると、今度は、御母公様に御迷惑かな。
重 成   治長殿は、ひどく楽しそうでござるな。
治 長   そのように見えますか。

      少し問。


勝 永   (千姫たちに気づき) あれに、お千の方さまと青柳どのが…。
淀の方         お千どのが...。
治   長         これは失礼をいたした。
重   成        お千の方さま、上様がおよびのご様子でござったぞ。
千   姫         聞いております。
青  柳          遅くなり申しわけございませぬ。
淀の方        ちょうどよい機会です。お千どのに、少しお話しをしたいと思います。
治  長         それでは我々はあちらに。
勝  永         失礼つかまつる。

淀の方        (青柳に)青柳どの、上様に、あちらの菖蒲を切って、お持ちしてください。
青   柳         かしこまりました。
淀の方        重成どの、花を手折るは男の役。手をそえるに遠慮めさるな。

       治長と勝永は上手へ、
       重成と青柳は、下手に去る。


淀の方        お千どの、御気分はいかがですか。
千   姫        有り難うございます。心地よくすごしております。
淀の方        それはなによりです。すでに、堺の町では戦が始まっています。
          戦火がお城に及ぶのはまもないこと。お気を強く持たれているのは結構です。

千 姫   御母公さま。
淀の方   なんでしょう。
千 姫   お千はお伺いしたいことがあります。

淀の方   聞いてください。
千 姫   戦が始まりましたら、もう、この前のような和睦はかないませんでしょうか。
淀の方   それはどういうことですか。
千 姫   和睦がありえないことだとしたら...。
淀の方         ありえないことだとしたら…。
千 姫   大阪のお城はほろびることになるのではありませぬか。
淀の方   それで...。
千  姫         お千は苦しんでおります。
淀の方        よく分かっています。
千   姫         お千も死なねばなりませぬか。
淀の方         お千どのは、死ぬことがこわいですか。
千   姫         こわいというより、死なねばならぬのだという気持ちが、わいてこないので
                  す。
淀の方          (少し笑って) お千どのはまだ幼いから、無理もありますまい。
千   姫          幼いからかしら。そうではないように思えます。
淀の方           では、どのように思えるのですか。
千   姫          大阪のお城がなぜほろびなければいけないのか、それが分からないのです。
淀の方          人々は、お千どのが徳川秀忠どののど息女ゆえ...。
千   姫          それは違います。今のお千は...。
淀の方           (打ち消すように)いえいえ、淀にも分かっています。お千どのは、御自分が決
                    して徳川の人間とは思っておられない。
千   姫           今も青柳に話していたところです。
淀の方           そうでしたか。

千   姫            青柳の気持ちも私には分からない。重成どのと添いたいのならば、少しでも
                     長く生きていたいと思うはずなのに、武運っきればなどと、他人ごとのよう
                     な話し方でした。
淀の方    青柳は、もっと悲しい運命を考えていたのでしょう。

千 姫    あのままお城とともにほろぶ...。

淀の方          そうです。それが、たとえ三日の闘でも重成どのとそえるのですから、青柳は
                   嬉しいのでしょう。

千   姫        そうだとしたら...やっぱり私にはわからない。

                   少し問。
淀の方           お千どの。    

千   姫           はい。

淀の方    さきほどから、上様がお千どのを探しておられました。なぜ、

       おそばへまいりませんでしたか。

千 姫    お千は少し考えたかったのです。
淀の方    お千どのは、上様のおそばで死ぬお覚悟はできていますね。
千 姫    御母公さま、お千が死ねないと申しあげたら、お怒りになりますか。
淀の方    怒ります。
千 姫    では、お千を怒ってくださいませ


       少し問。音楽、入る。

淀の方    お千どの、いつからそのように考えるようになりましたか。

千 姫    もうだいぶ前からです。

淀の方    そうでしたか。


       千姫は、明確な決意を示して、

千 姫    御母公さま、お千をお城から出してくださいませ。
       お千は、大阪とともに死ねませぬ。

       少し問。

千 姫   上様と御一緒に死ぬのが、いやだからではありませぬ。お干は生きていた
      いのです。お千には、真田殿や後藤股が、死ぬことを承知で大阪方につ
     いておられるわけも分かりませんし、大野股が、負けるのを承知で戦をお
     始めになったわけも分かりませぬ。御母公さまや上様がどうしても死なね
     ばならぬとおっしゃるのなら、お千だけは、死なずにお城をはなれたいと
     思います。

淀の方  関東方に戻りますか。
千 姫  お千には、関東も大阪もありませぬ。生きていたいだけです。
淀の方  この期に及んで、お城を出るということは、そのように単純なことではありませ
     ぬ。
千 姫  そうでしょうか。
淀の方  どのようにさげすまれることか。

千 姫      かまいませぬ。
淀の方     はずかしめられでも?
千 姫     意味なく死ぬほど、はずかしいことはありませぬ。
淀の方     意味なく…?

千 姫  そうです。そうとしか思えませぬ。

      少し問。

淀の方  お千どのは、この淀の母様のことは御存じですか。
千 姫  存じております。お市の方さま、御母公さまの母君は、お城とともに亡びていか
     れました。柴田勝家さまに刺し殺されて。
淀の方  (烈しく)なりませぬ。そのような言い方をしてはなりませぬ。
千 姫  でも、私はきいております。あれは、天正十一年、卯月のころ

淀の方  淀はおそばにおりました。あれは、北の庄のお城の最後のおり...。

               照明、音楽、変わる。
               中央に柴田勝家、右にお市の方。
               急激に合唱おこる。



合 唱  

北の圧の城下町 秀吉の軍の放っ火に、
      燃え上がるけむりは霧のうみのごとく
            朝の光りもささぬままに 柴田の城も やみのなか

勝 家       玄番盛政めが、わしの言いつけを守らぬがために、柴田勝家、思わぬ不覚。
           猿の秀吉に滅ぼされるとは、残念至極。

                       鉄砲の音。 

勝 家       (やや静かに) 寄せ手の奴ばら、勝ちにのって攻め寄せてこようが、皆の者、長い間、ご苦労であった。わしは今一合戦して腹を切る。生命惜しき者は今のうちじゃ。城を捨てて去るがよい。

合 唱  この城には十余年たくわえおきし火薬あり 
     勝家の最後のおりにはみじんにくだけであとをとどめず

勝 家  心に残るのはお市の方、そなたじゃ。
 さきほど、秀吉めが、使者を寄越しおった。


合 唱  お市の方さまは 信長公の妹君

勝 家  お城とともに亡びては、先君信長公への義理がたたず。
 
合 唱  秀吉 お預かり申しあげよう

勝 家  (笑う〉猿め、そなたに思いをかけて、うまいこと言ってきおった。


お 市  殿さまは、私の城からおだしになりますか。

勝 家  そなたの心次第じゃ。

お 市  お市はもと浅井長政の妻。小谷の城が、兄君の信長公にぼろぼされました時、

合 唱  そなたは信長の妹 戻るは兄のもと

お 市  信長は兄とはいえ、今は敵の大将。


合 唱  とらわれの身となる恥は おなじこと

お 市  お市を、おそばで死なせてくださいませ。
     ただ、三人の娘は今は幼く、死出の道づれはあわれでござりますゆえ

合 唱  娘たちだけは お城の外に 


勝 家  そうであったな。長政殿は、結局、そなたの言葉をきかれず、

お 市  娘三人だけでなく、私までもー

勝 家  長政殿は、そなたたちを城の外までみおくり、

        照明、変わる。
        勝家は立ち上がり、長政公として、お市と    
        向かい合ってたつ。
        下手に、お茶々登場、お市のそばに、


長 政  我が亡きあとを弔うこそ、女の道。
お 市  死なばもろともと覚悟いたしておりましたが、
勝 家  娘たちを頼んだぞ。
お 市  あなたさまも、心おきなく御立派なお働きをあそばしますよう。
茶 々  父上さま、お別れはいやでござりまする。
長 政  ききわけのないことを言うでない。母さまとともに楽しく暮らすがよい。
茶 々  父上さま。
お 市  なにも申してはなりませぬ。

合 唱  黒糸おどしの鐙の上に袈裟をかけ 手には数珠 口には念仏 長政公
     輿に乗り涙も見せずお市の方残るはさむらい 去るはお伴の女中たち

      長政公、勝家として、お市とともに最上段のもとの位置に。
       お市とともに最上段のもとの位置に。 照明、変わる。
勝 家  浅井長政公が、そなたを生かして城を去らせたにもかかわらず、
    その後に、そなたを妻としたこの柴田勝家が、最後まで手ばなさず、女とともに
    死んだといわれては、この勝家が末代までの恥辱。


お 市  それはきこえぬお言葉でございまする。お市は、今は勝家公の立派な妻。
    妻が夫とともに死んで、なぜ、世の笑いの種となるのでございましょう。

勝 家  そなたを猿めがほしがっているからのう。




お 市  それなら、なおさらではございませぬか。

勝 家  しかし、わしはなあ…。

お 市  この北の圧のお城において、お市は仕合わせでございました。
     お市は、その仕合わせとともに死にとうございます。

勝 家  猿めにたいする意地から、そなたを道づれにしたと恩われるのも痛にさわる。

お 市  私を、刺し殺してくださいませ。
     お市は、殿様の万をお受けするのが、最後の本望でございます。

合 唱  城を去り 城をはなれて

お 市  女も人間でございます。武士に意地がおありのように、女にも、

合 唱  誇りあり 生きる道あり

お 市  殺してくださいませ。今日はかしこへ嫁げ、
 
    明日はここを去れ、また次の日にはかなたへ生きよ。

合 唱   哀れに生きる戦国の女の最期を かざらせたまえ

勝 家  よく分かった。それほどまでに一一言うのならば。

茶 々  このたびこそは、私ども娘もお伴をさせてくださりませ。
勝 家  それはならぬ。




お 市  それはなりませぬ。
茶 々  父様にも母様にも死なれ、私どもに生きる道はござりませぬ。
勝 家  まだ子供の分際で何を申すか。そなたたちは、これからの人生じゃ。

茶 々  二度までもお城を去るのが、母様もおいやなら、私もいやでござりまする。
勝 家  茶々をそちらへつれていけ。猿めの所へ案内いたせ。とにもかくにも、信長公の 
     お血筋じゃ。いかな秀吉でも悪くはあっかうまい。

        腰元があらわれて、淀の手をとって、花道へひきたてる。


お 市  この母がよい手本じゃ。そなたたちは、立派に、仕合わせに、暮らすがよい。
        お市の方は上手をむいて、合掌する。勝家はその背後にたっ。

茶 々  母様。
お 市  さらばです。

        勝家、背後からお市の方を刺す。
        そのまま振り返って、

勝 家   茶々よ、そなたは女にはおして器量じゃ。
      この父に代わって、どうじゃ、あっばれ天下取りとなってみよ。



 
合 唱    城のあちこち 天守につみあげし枯れ草に 柴田の刃が火を放つ たちまち

       天にとどろく火の柱
       
       しりぞいて 静かにかこむ秀吉方

             打楽器がはげしく鳴って、止む

合 唱    北の庄の城の すずしき最期
       お市の方、たおれる。勝家の姿も消える。
       腰元に子をとられていた茶々も消えて、舞台溶暗。
       音楽変わる。再び、淀の方とお千。
淀の方    淀は、文字通り、うしろ髪をひかれる思いでおそばをはなれました。
       その直後、ご天守は一大轟音とともに火柱となり、勝家どのも、母様も!ー

             淀の方、絶句する。

千 姫    (淀の方にむいて,烈しく) いやです、御母公さま。
    お千は、火柱となるのはいやでございます。
淀の方    お千どの。

千 姫    勝家公も、長政公も、太閤さまがほろぼした方々です。
淀の方    私は、その太閤さまのおそばにつかえました。




千 姫    そのように、敵の大将につかえるのも、お千はいやです。
淀の方    それならば、お千どのが城を去られるのも、同じことではありませぬか。
千 姫    大御所さまはお祖父様であり、将軍家はお千の父君です。敵ではございませ
       ぬ。
淀の万    お千どの、そなたがそれを言うことこそ、淀は恐れていたのです。
千 姫    違います。御母公さま、お千の母は御母公さまの妹、お千と秀頼さまは、従 
       兄妹どうしです。ここに敵味方はないのです。それをお千は申したいので
       す。
淀の方    お千どの、きいてください。それが戦国の姿。兄と弟が、父と子が、殺しあ
       い、傷つけあう。憎しみからではないのです。一人の王が生まれるために、 
       力ある他の者は、その王に仕えるか、王に殺されるか、道は二つしかないの
       です。
    兄であろうと弟であろうと、それは問題にしてはいけないことなのです。

千 姫    女は、どうすればよいのですか。父が殺されても、夫をうばわれでも。
淀の方    (烈しく) お千どの、そこを考えてください。淀は、そのために苦しみまし
       た。戦国の女の姿は、あまりにもあわれではありませぬか。淀はそれがいや
       です。
合 唱    春秋のうつりも われが指図せむ 咲く花も散る雪も われは王なり 主な
       りわれの心に従わむ
              
                 合唱と淀の方とが重なって、

淀の方    淀は、戦国の世に生きて、戦国の世と戦う女となったのです。
       みじめ女ではなく、王として、主として生きる女です。

        千姫は淀の方におされて、少しずつ上手に逃げようとする。
        淀の方は、その千姫をおさえる。

淀の方    太閤さまは、淀に、天下人となる機会を与えてくださった。
    お世継ぎの秀頼さまと、このお城が、淀のものです。淀は、天下をおさめる主 
    です。ただみじめに、あわれに城を追われつづけた淀は、秀頼さまとそなた
    を、傷つくことを知らぬ王に育てたかった。生まれながらの、天下の主とした
    かった。

千 姫    (泣くように) お城はほろびるのです、御母公さま。
淀の方    ほろびる、ほろびぬを問うのではありませぬ。このお城の、天下のなにわの
       城の、そびゆる後天守とともにもえあがるならば、天下の主であることに、
       かわりありませぬ。

              千姫は淀の方にとりすがる。

千 姫    おゆるしくださいませ。御母公さま、お千をおゆるしくださいませ。

              淀の方はしばらく見つめ、そうして、するどく突きはなす。


淀の方    そなたはやはり家康の孫。そなたには、淀は、そなたをはじめて憎く思いま 
       した。土の匂いがある。草のかおりがある。

       淀の方の手が静かに懐剣にかかる。 
       思いなおしたように、手をはなし、千姫に向かって。

淀の方    お千どの。もう一度だけ、淀はそなたに頼みます。
    秀頼の母として、そなたに頼みます。
    豊臣はほろびます。秀頼は死なねばなりませぬ。
    お千どのは、秀頼のそばにいてあげてください。二人でともに死んでくださ 
    い。せめて最期のきわに、お城の名をはずかしめてくださるな。
    母として、最後の頼みです。秀頼にみじめな思いをさせてくださるな。頼みま
    す。お千どの。

             千姫は身をおこして淀の方にすがりつく。

淀の方    きいてくださるか。お千どの。

             千姫は静かに首をふる。

千 姫    お千を、城から出してくださいませ。お千を、お千をおゆるしくださいま
       せ。




             淀の方は、静かに千姫から離れて、立ち上がる。その手がふた
             たび懐剣にかかる。千姫は寿を引こうとする。

淀の方     勝家殿と長政公にかわり、また太閤さまにかわり、
        そなたの命をいただきます。

         烈しく打楽器。舞台にかけ硝煙がたつ。最上段に、家康。シルエット。

淀の方     そなたは、家康。

         家康、高らかに笑う。照明、変わる。
       下手花道より、又兵衛。上手花道より、幸村。槍を持つ。
       上手より、治長。下手より、重成。治長は抜刀している。


基 次     なにごとじゃ。
治 長     何者かが、火薬庫にしのび入り、火をはなとうとした。方々、
        ご油断めさるな。
幸 村     関東方の手のものでござるか。

治 長     そのようでござる。なお、数人がお床下にひそむ様子。

基 次     よし、この又兵衛にまかせていただこう。重成殿、ござれ。(上手に入る)

重 成     かしこまった。
幸 村     いや、重成殿、それは又兵衛殿にまかせて、貴殿は早速にご出陣ありた
        い。(治長に)関東方はすでに、城の南二十里の所に到達いたした。

重 成     かしこまってござる。いずれも、お先に、ごめん。

         重成、上手に。
         又兵衛が、下手より、

基 次     (かみつくように) 治長殿、お手前はご存じか。
治 長     なにごとでござる。
基 次     織田有楽斉殿、織田尚長殿、さらに、織田長頼殿の三人、
        いずれかへ、逐電いたしておる。
治 長    さきほど知らせをうけととってござる。

基 次    さきほど? なんとまあ、お手前は悠長な御仁でござるなあ
    立派なのか、馬鹿なのか。
幸 村    どうでもよいことでござるよ、
淀の方    (立って) 有楽斉殿たちが、関東方へ走りましたか。
治 長    さよう。
淀の方    この期に及んで、大阪城の重役たちが…。
幸 村    参りますぞ。(上手花道を去る)
基 次    (淀の方たちに)ま、ごゆっくりお嘆きめされ。(下手花道を去る)


          上手より、重成と青柳。

重 成    重成、出陣つかまつる。


青 柳    重成さま。あっばれお手柄、御功名、妻は心から祈っております。

重 成    かたじけない。そちも、心強う。

青 柳    おさらばにござります。

       青柳、上手を向くと、懐剣をぬいて咽喉をつく。

重 成    わが妻青柳、覚悟の白書。重成の用意はこのとおりでござる。
淀の方    青柳、なぜ、そなたは...。
重  成            一足お先にまいりました。
淀の方          そのような無惨なことを。
重   成       大御所家康、及び将軍家の首級、この首とひきかえに頂戴してまいる。ごめん。

                   重成は、万を抜き、上手花道へ走り入る。下手より、高台院。

高台院          天守より眺めてごらんなされ。
           関東勢は、村といわず、野といわず、きびしく埋めて、緑も見えませぬ。
           私はお城を去ります。せめて、太閤さまのお城の供養をつとめることが私の仕 
           事。愚かなそなたたちとも今日をかぎり。


                                うつ伏していた千姫が立ち上がる。

千 姫         私もお城を去らせてくださりませ。お千はいやです。
淀の方       なりませぬ。お千どの。みじめに生きてはなりませぬ。
千 姫        あなたの幻のために、すべての人々を苦しませることはゆるされませぬ。
       お千は、おいとま、っかまつります。
淀の方      おまちなさい。お千どの。


                淀の方は千姫を追いかけようとする。治長がとめる。
                千姫は花道へかけこむ。打楽器がなって、舞台中央に硝煙。
               一同よろめく。高台院はたおれる。
                花道へ、うちかけをかけた武士があらわれる。
        
          千姫がたちすくむ。

坂 崎         千姫さまか。

千 姫         千姫です。


坂 崎         大御所様の命をうけ、坂崎出羽守、お迎えにまいった。

千 姫         うれしゃ、むかえが。

                千姫、走り寄る。烈しい打楽器。
                武士はうちかけを落とし、顔をおさえてよろめく。千姫の絶叫。
                武士が正面を向き、手をはなして、倒れる。千姫も花道に倒れる。
               治長、正然としている淀の方の側にひざまづいて、

治 長   (大声に) 御母公さま、お気を強くおもち下され。

淀の方   治長どの、淀はひとりになりました。
治 長   淀さま、この治長がおりまするぞ。
淀の方        治長、淀は...淀は…。
治 長        なりませぬ。淀さまは、大阪のお城の主におわしまするぞ。

               淀の方は倒れそうになる。治長は、刀を抜き、それを淀の方に持たせ、
               一段おりたところにかまえる。

治 長   おん母君のことをお忘れか。あっばれ天下人の淀さまであることを、
      お忘れか。

合 唱   なさけある胸に まどいて咲くよりは 霧にかくれて
      かおりのこさむ

      烈しい打楽器と合唱とともに、

幕








第 三 幕


    中央に大野治長。
       花道より槍をたずさえて,足音あらく後藤文兵衛。

基 次   修理殿か、そこにおるのは。

治 長   又兵衛殿か。

基 次   又兵衛これより出陣いたす。戦陣の門出に、ひと槍、お見舞いたそう。
  
             又兵衛は烈しく治長につきかかる。それをさけて、

治 長   なにゆえの狼籍じゃ、又兵衛。  

基 次   これから死ににいく文兵衛にはどうでもよいことかもしれぬが、おぬしがお城
      にあっては、ことごとに気勢があがらぬ。門出の血祭り、おぬしの首をぶらさ
      げて、出掛けようと思ったまでよ。

治 長   待たれよ。文兵衛。

基 次   次いやいや、こればかりはそう待ってはおられぬわい。







        なおも文兵衛は突こうとする。奥より真田幸村。

幸 村   待たれよ。又兵衛。
基 次   おぬしまでが待てというのか。
幸 村   さよう。
基 次   なぜ。
幸 村   もはや出障の時刻じゃ。先を。
基 次   だから、こやつを血祭りにして,
幸 村   後藤殿のお気持ちは分かるが、大野殿には大野殿の分別があるはず。
     軽々しい行いはつつしまれた方がよかろう。

基 次   分別がありすぎるから又兵衛は腹がたつのよ。どうせ今日は、屍を戦場にさら
      すこの又兵衛よ。せいぜい、ほれやかな気持ちになって死なせてほしいわい。

治 長   又兵衛殿。なぜ、そのように、今日死ぬことにきめておられる。

基 次   これ以上生きていても仕方がござらぬからな。

治 長   そうではござるまい。又兵衛殿は、関東に義理を感じておられる。

基 次   そうれ、それよ。豊臣御譜代の面々は、われわれ浪人どものことを、たえずそ 
      うおもっておられる。逃げはしないか、そむきはしないか…。

治 長   いや、そういう意味ではござらぬ。


基 次   そうではなくとも似たようなものよ。まったく、やりにくい戦争でござった
      よ、これは。

治 長   治長は、文兵衛殿を疑つてはおらぬ。ただ大御所家康に、文兵衛殿一人の去就
      によって、大阪の運命が定まるとまでいわれた時、又兵衛殿はうわベはことわ 
      りながらも、こころの中では己を知る家康に感謝してござった。今日の戦に、 
      先手を買って出られたのもそのため。大阪方のために働いてみようという気持
      ちの他に、第一番に死んで、家康の知遇にむくいたいという御気持ちからでは
      ござらぬか。

           少し問。

治 長   (幸村に) 幸村殿もまた同じ。今日の戦に死する御覚悟の御様子。お二人に死な
      この治長は、お城を守りぬかねばならぬ。その点が、お手前共と治長との立場
 
      をつねに分けてござった。おくみとりはいただけぬかな。

           少し問。

幸 村   (又兵衛に) 又兵衛殿。今日の出陣は明け六つのはずであるにもかかわらず、深
      夜の出陣。幸村もまた、後藤殿はまっ先に死ぬ御覚悟とおみうけした。幸村、
      あえて後詰めにはでませぬ。約束通り、明け六つに道明寺口まで出ばる心。そ
      れまでの間に、心おきなく戦われ、あっばれ後藤の名を輝かせられよ。

基 次   なんだか妙なことになってきたが、そこまでこちらの気持ちを見抜かれていた 
      のではどうしょうもない。勝手なようだが、又兵衛ひとり先に死なせていただ
      く。

幸 村   二陣は薄田隼人正兼相、これまた、後詰めなしの出陣。薄田も死ぬ覚悟じゃ。
     幸村は、今しばらく生きのびますぞ。

基 次   それはお手前の勝手だが…しかし、全く妙な戦になってきたものだ。
                  (少し考えて)治長殿よ。どうもわしはお手前が虫が好かなかったが、わしは多
                  少勘違いをしていたようだ。案外お名前は立派な器量人であったのかもしれぬ
                  なあ。

治 長   また、急にそのようなことを。

基 次   いやまったく、急にそんな気がしてきただけよ。お手前が、それだけの器量人
      であったとしたら、なぜ、掘を埋めるのを許したり、御母公様に…。
      いやいや、今さら言ってみてもはじまらぬ。豊臣家の御運がなかった、と思う 
      よりしかたがあるまい。


           少し問。

治 長   又兵衛殿。

基 次   さあ、いくぞ。後藤又兵衛基次が、一世一代の大あばれよ。
      あとはよろしく頼みましたぞ。
      
           又兵衛は槍をかいこむ。

基 次   いくぞーっ。おーりや ーつ。

            又兵衛、花道をかけこむ。
 
幸 村  (治長に) それがしは、これより一眠りつかまつる。
     約束通り、明け六つに誉田村へ出陣。道明寺口にて関東方と一戦まじえ、あわ 
     よくば、大御所家康の首級をあげる所存。

治 長   力強きその一言。たのみますぞ、幸村殿。

幸 村   たしかにおひきうけっかまつった。なお、伴の大助幸綱は、御本陣にとどめお
      きます。秀頼公の御馬前にて、思う存分働かせていただきたい。
治 長   幸村殿、この期に及んで人質は無用でござる。

幸 村   それは…。

治   長         お手前もまた、この治長らが、幸村殿が疑っているように、思っておいでなの
                  でござろう。それ故、ご子患を本陣にとどめおこうとなされたのでござろう。
幸 村   かりにそうだとしたならば、お許しはいただけませぬかな。

治 長   治長は無念でござるのよ。
幸 村   ごもっともではござるが、実は幸村、ひとつお願いがござる。
治 長   いかようなことを。
幸 村   それはあらためてお願いいたす。今日のところはひとまず、伜大助を上様お旗
      本にお加え下さることをご承知いただきたい。
治 長   たってと仰せあるならば。
幸 村   おひきうけくださるか。
治 長   いかにも。
幸 村   それを聞いて安心つかまつった。
治 長   幸村殿、すでにお聞きの通り、後藤殿も薄田隼人正も死を覚悟いたしておる。
     幸村殿は死なずにいただきたい。明日も又、戦がござるゆえ。
幸 村   (にっこり笑って)承知いたした。


       幸村、立ち上がって、

幸 村   大和路の関東方と、河内路の関東方とは道明寺付近で、合流するものと考えら
      れる。その後、平野・住吉の平野に出て、家康得意の野戦をいどんでくるもの
      と思われる。それがしは、道明寺に出て、大和路から河内へ出てくる関東軍を
      関屋・亀の瀬の狭隆な峠道にて迎え打とうと存ずる。重成殿の一隊が八尾・若
      江にて関東方をはばむことができうるならば、この戦い案外勝ちいくさになる
 
     かも知れませんぞ。少なくとも、四・五日は関東方を防ぎ止めましょう。

治 長   さすがは真田殿。冷静な采配を聞き、敬服いたす。陣立てはすべて、貴殿にお
      任せいたす。
幸 村   戦う以上、なるべくは勝ちましょうぞ、治長殿。

治 長   その通りじゃ。幸村殿。
幸 村   それでは、それがしは一眠りいたしてまいる。

          舞台、いったん暗くなり、照明、変わる。淀の方と大野治長。
          上手と下手の花道に速水守久と毛利勝永。

守 久   申し上げる。道明寺口にて、後藤又兵衛基次殿、お討ち死にでござる。



勝 永   申し上げる。八尾・若江にて、木村長門守重成殿、お討ち死にでござる。

守 久   同じく道明寺口にて、薄田隼人正兼相殿、お討ち死にでござる。

勝 永   同じく八尾・若江にて、増田盛次殿、お討ち死にでござる。

             少し問。

治 長   今日の戦の模様は。

守 久   真田左衛門佐幸村殿は手勢をひきい、現在茶臼山付近に陣どられ、
  
      その付近に、大谷吉久・渡辺札・福島正守。

勝 永   大野春房殿は岡山口にあって、その付近に、山川賢信・北川宣勝・岡部則綱。

守 久   いずれも、正午を期して一斉に進発。
勝 永   大野春房殿は岡山口にあって、その付近に、守久いずれも、正午を期して一斉
      に進発。
勝 永   戦いはすでに始められてござる。
治 長   御苦労であった。
守 久   われわれ両名も、これよりひきかえして、
勝 永   戦いに加わる所存。
淀の方   戦勝を祈っております。
両 人   かたじけなく存ずる。



       両人は立って、両花道をまる。音楽入る。
淀の方   いずれも、今日を最後と思い定めて必死の戦い、淀はあり難く思っておりま
      す。
治 長    淀さま、お茶を一服おたていたしましょうか。
淀の万    そうですね。しかし、戦場にある諸将のことを思って、遠慮いたしましょう
治 長    それは残念でございます。
淀の方    治長どの、あなたは近頃、なにか楽しそうではありませぬか。 

治 長    そのように見えますか。
淀の方    頼みと思う諸将の討ち死にの知らせをきいても、顔色ひとつ変えぬ治長ど
       の。淀も不思議におもいます。
治 長    諸将の死は無念でござりまするが、実を申せば、この治長、ここ何十年も味
       わい得なかった安心を、今はじめて感じております。
淀の方    話してください。
治 長    それよりも、淀さま、お千の方さまのことはお聞きでございますか。
淀の方    聞きました。無事に着かれたでしょうか。
治 長    関東方よりお受取りの使者があり、無事に、おひき渡しはあい済ませまし
       た。
淀の方    あの人も不幸な人でしょうか。
治 長    さあ、それはいかがでしょう。
淀の方    お千どのがお輿入れなされた時、
治 長    船でこられましたな。
淀の方    水の流れにたわむれて、何度も声をたてて笑われたさまを思い出します。
治 長    淀さま、お千の方さまのことは、上様にのこらずお話し申しあげておきまし
       た。
淀の方    上様のお叱りは。
治 長    ただ、うなずいてだけおられました。

          淀の方は、ふっと涙ぐむ。それに気づいて、
治 長    淀さま、めっきりお心弱くなられましたな。
淀の方    すみませぬ。

治 長    すまぬということではござりませぬが、大阪の主さまがそれでは、治長、困
       惑いたしますぞ。
淀の方    上様はなにも仰せられませぬが、すでにお覚悟は...。
治 長       {かぶせて)ご心配あそばすな。今も桜門にて、梨子地緋械の鎧をおつけあそば
                し、茜の吹買、千本遺りをおしたてた小姓達にかこまれて、りりしきおすがた。
淀の方         (治長をみて) 御出陣の御用意か。
治 長         (淀の方をみて)さようでござる。
淀の方         それでは...。
治 長         治長、一命にかえても。
淀の方         (少し間をおいて)治長どのに任せたことでした。


少し間
淀の方   このお城は、あと何日位、もちこたえられましょう。
治 長   今日一日の生命でござる。
淀の方   それほどまでに。
治 長   一刻もすれば、このあたりにも矢玉が飛んでまいりましょう。
淀の方   それでは、淀のとるべき道を教えてく、たさい。

治 長  上様には、まもなく御天守にお上ぼりただき、譜代の面々がお守りつかまつる。
淀の方  (小さくうなずいて)小谷の城でも、北の圧の城でも、この淀が見つづけてきた
   光景です。ただ、今度は...。
治 長     淀さまはそれをみて、御天守大広間に御出座いただきたい。

淀の方     そうして
治  長      上様御最後とあらば、治長、必ず淀さまにお知らせ申しあげる。
              その折りは、心おきなく御覚悟のほどを。
淀の方      分かりました。ただし、治長どの、その時、必ずご天守に火を放ってください。
治  長       こころえました。
淀の方      すべてを虚空に燃え上がらせます。
治 長        淀さまとともに、
淀の方      大阪の城は、ほろびねばなりませぬ。
治 長        治長もそのように考えます。

淀の方    治長どのはどうしますか。
治  長   ご天守がもえあがるのを見てから、城を離れて戦い、治長は治長なりに、死にましょ
    う。
淀の方 なぜ、お城とともに死にませぬ。

治  長  それはできませぬ。
淀の方  聞かせてください。
治  長  理由は二つほど。
淀の方  その一つは。
治  長  臆病者とののしられながらも、治長はついにお城を離れませんでした。
  せめて、最後は武士らしく。
淀の方  淀の頼みのゆえに、気の毒な思いをさせました。
治 長  そのようには仰せられますな。
淀の方  残る一つの理由は、近頃の治長どのの業し気な様子とつながりますか。

治 長  ご推察の通りでござる。
淀の方  是非とも聞かせてください。
治 長  さて、困りましたな。 
淀の方 淀とともに死ぬのが、いやだからではありませぬか。
治 長  (少し驚いて)なぜ、そのように考えられる。
淀の方  ふと、そう思えてきたのです。
治 長  これは恐れいりました。
淀の方  あたっていたのですか。
治 長  ある意味では。
淀の方 治長どの、この戦国の女で、城とともにほろんだ者は数限りありませぬ。
  しかし淀は違います。命ぜられ、強いられて城とともに死ぬのではなく、城をほろ
  ぼすことを、選び、自らのはなつ火でもえていくのです。
治 長  よくわかっております。
淀の方  そなただけが、その淀の意をくんで、私を生かしてくれました。
治 長  治長は、喜びながら、そのお役目をつとめて参りました。
淀の方  その言葉、何にもまして嬉しくおもいます。
治 長  そのお役目が済みました以上、治長はお城を離れて死にたいのです。
淀の方  淀の最後の頼みだとしたら。
治 長  それだけは。
淀の方  なりませぬか。
治 長  思えば息苦しいようなこの十余年の年月。 心くつろいで死なせていただきたい。

淀の方  淀がどのように寂しく感じても、聞いてはくれませぬか。
治 長  淀さま、あなたは、その淋しさに耐えていかれねばなりまもぬ。
   治長づれが、最後までおともをしなければ、死ねぬと仰せあるならば、淀さまの 
    誇りが傷つけられまするぞ。
淀の方   (小さくうなずいて)よく分かりました。

        淀の方は懐剣をとりだす。合唱、はいる。
淀の方   来世があるかどうかも分かりませぬが、現世の淀の感謝のしるしと、来世のみ
      ちしるべのために、この懐剣を、そなたにさしあげます。

治長    (手をださずに)現世の淀さまの感謝ならばあり難く頂きますが、来世のためなら
      ば、いただきませぬ。

淀の方   なぜですか。
治 長   来世の治長までおしばりくださるな。
   せめて次の世では、この治長とても、お慕いいたしたい。
淀の方   治長どの。
治 長   (小さく笑って)淀さま、治長は、お慕い申しあげることを許される方を、
      よい御家来でございましたなあ。

      淀の方、立ち上がって、

淀の方   今日は最後の、大阪の生命。
   太閣のお城も、お世継ぎの秀頼さまも、千姫どのも、力あるさむらいたちも、淀
   は、ことごとく失いました。最後には、そなた、治長どのまでも。
治 長   すべてを失った代償として得られたものを、淀さまは、お忘れではございます
      まい。
淀の方   大阪の誇り。淀の誇り。
治 長   治長は満足いたしております。

      音楽。合唱が「なさけある胸に~」を静かにうたう。
      淀の方は治長の前にひざまずき、懐剣をさしだす。

淀の方   この懐剣、淀が治長どのに与えるのではなく、あらためてさしあげるもので
      す。そなたに、なにひとつ報いることのなかった、この淀のお詫びのしるし。  
 
      受け取ってください。
治 長   (じっと見てから)分かりました。

      あり難く頂戴つかまつります。

      合唱を背景に、治長もまたひざをつく。淀のさしだす懐剣をしずかにつかむ。

淀の方   淀も仕合わせでした。

      二人は、静かに顔をそらす。
      淀の方、立ち上がる。

淀の方   内堀の埋められたことの正しさが、今はじめて分かってきました。  

治 長   あれ以外に道がございませんでした。

淀の方   その通りでしたね。
      少し問。

治 長   あっばれ、天下人の淀さまの御最後。治長、心からお喜び申しあげる。

淀の方   そなたも。
治 長   (平伏する)
淀の方   (きっぱりと)治長。さらばです。

      淀の方、退場。舞台いったん暗くなり、音楽変わる。
      はげしい戦場の音。背景に炎があがる。
      中央に治長ひとり。
      下手花道より真田幸村。走り込んでくる。太鼓。

幸 村   (走りながら)治長殿、治長殿||。

治 長   (立ち上がって)幸村殿か。
幸 村   そこにござったか。

治 長   戦の様子は。
幸 村   幸村、お願いにまいった。ただちに上様御出馬くだされい。

治 長   上様は桜門におられる。
幸 村   すでに、全線にわたって戦場は混乱。敵も味方もわからぬままに、幸村は兵を
      従ぇ、これより、家麗の旗本に切りかかる所存。もとより、生きて帰る気持ち
      なし。ねがわくば上様も我々とともに御出馬あって、大阪方最後の戦をいどみ
      たい。

治 長   それは許されぬことでござる、幸村殿。

幸 村   治長殿、貴殿が柔弱かどうかはさておいて、今をおいてはもはや、二度と戦う
      機会はござらぬぞ。もしも、上様自らが御出馬あらば、当面の敵は、浅野長
      
      展、黒田長政、片桐旦元、いずれも豊臣恩顧の大名達。よもや上様には槍をむ
      けますまい。彼らのたじろぐその隙をついて、家康旗本に向かってまっしぐら
      に討ちこめば、あるいは、大勢をくつがえすことも可能なるやも知れず。
     重ねてお願い申しあげる、治長殿。上様御出馬くだされい。

治 長   幸村殿、この期に及んで、なおも勝利を求めての陣立て。治長、申しあげる言
      葉もしらぬが、その儀ばかりはなんといたしても、承引いたしかねる。

幸 村   しからば、幸村に無駄死にせよといわれるのか。太閣のお世継ぎの死に場所を 
      あやまたれるのか。

治 長   幸村殿、大勢はもはやいかんともいたしがたい。上様御出馬あらば、あるい
      は、貴殿の仰せのごとく、城をかこむ諸将の聞に、一瞬の動揺はあるやもしれ
      ず。しかしながら老巧の家康、外様の聞には必ず譜代の大名をいれでござる。
     敵方の動揺も、おそらくは一瞬の聞の出来事。すでに桜門より見る所、
      家康の本陣までの聞は、関東方が埋めつくして、身動きも出来ぬ有り様。
      上様お城を離れあそばさば、おそらく数歩をいでずして、敵弾の的となり申そ
      う。

幸 村   あくまでも怯れたるその推察。よしんばその推察が妥当だとしても、千に一つ
      の血路をひらく道があれば、このさい臆病をすてて、お城の残兵一回となっ
      て、敵陣へ突入してみましょうぞ。
 
治 長   治長、怯れているのではござらぬぞ。

幸 村   上様ぢきぢきにお願い申しあげる。貴殿に申してもらちがあかぬ。さらば
      じゃ。


治 長   待たれよ、幸村殿。

幸 村   かく申すうちにも、大阪方は残り少なくなっていく。おとどめあるな。

治 長   待たれよ。幸村殿。

幸 村   伜大助を、人質にしてまでも幸村の覚悟。無用のとめだて。

治 長   …。

幸 村   幸村、一太刀おみまいいたそうか。

治 長   内堀が埋められるのを許して以来、この治長は、ひたすら豊臣家の滅亡をお待
      ちしていたのでござる。

幸 村   なんと言われる。

治 長   お聞きくだされ、幸村殿。
     治長は、太閤殿下のお亡くなりなられたその日より、関ケ原にて、石田三成殿
     が敗れたのちも、ひたすら豊臣家の存続をいのり、上様の御成人を願っておっ
     た。そのためには、あらゆる務りを一身にうけ、時には身を屈して関東に礼を 
     なし、いつかは再び豊臣の天下をと願ってござった。
     冬の戦において、あれぼどの迄の城方の善戦と、お城そのものの無敵さが証明 
     されながら、ついに、諸国の大名の中に、一人としてお味方を申し出でるもの
     もなく、寝返える者も出なかった時、豊臣の御家はやはり孤立した姿であるこ
     とを思い知らされたのでござった。和睦を結んだのも、少しでも長く生き永ら
     えるため。
     
     それが却って、家康の甘言に乗ぜられて、内堀までが埋めはじめられた時、治
     長はただちに兵をおこして再び戦を開かんといたした。

 幸 村  そのようなことを伺っているひまはござらぬ。

治 長   人夫と称して多くの兵卒を城の中に入れ、その人数、およそ十万余。あのまま
      戦になれば、お域は本丸を残してすでに落ちたも同然。施すすべもこざらな
      かった。関東方は図にのって、この治長を怒・りせようと、千貰櫓をこわした
      ばかりか、たての土が少なしと称して、この治長の屋敷をこわしはじめた。
     それをこらえたのも同じこと。

幸 村   …。 

治 長   さらに今ひとつ。むしろこのさい、その方が大阪方にとっては、
      よいのではないかと思われたのでござる。幸村殿、治長は
      この十余年の問、心をすりへらして豊臣家にお仕えしてまいった。豊臣家の
      滅亡がさけられぬ運命であるとするならば、あまりにも見苦しき姿をさらさぬ
      うちに、むしろ滅びるべきかと思われたのでござる。

    考えてもくだされ、幸村殿。あのまま純城が続けておれば、必ずやお城の内に寝
     返る者がでて、なかには、ご天守に火を放ち、上様や淀さまを殺さんとする者 
    も出るやもしれず。それならば、傾く日に力をそえて、約瓶おとしに沈ません
     と。

                    少し問。

幸 村   その儀は幸村も、うすうすお察し申しあげておったが、上様御出馬をとどめる     
      お気持ちはそれでも理解できませぬぞ。

治 長   どうあっても申しあげねばならぬか。

幸 村   治長殿、自慢いたすわけではござらぬが、幸村は、家康から信濃一国を与えよ
      うとまで言われた男でござる。大阪の軍を指揮しながら、最後の戦いに、僅か
      数十人の者をしたがえて、乱軍のなかで、討ち死にするは不本意でござる。

     せめて、御大将たる上様を擁して、あっばれ武士の最後を飾らせてくださるわ    
     けにはいきませぬのか。

治 長   幸村殿、上様は、幸か不幸か、戦国の世に戦をしらずに育たれた方じゃ。
     額に傷をもち、片腕をなくし、大名となり、将軍となった方ではござらぬ。戦 
     国の世の武士と、上様とは、その最後も異なるはずでござる。

幸 村   それでも納得できませぬぞ、治長殿。

治 長   さらば申し上げる。治長は、淀さまをお慕い申しあげておった。
     淀さまは、上様を、傷つかぬ生まれながらの主として育て、そのままに死なせ
     たいと言われる。治長は、淀さまのお言葉にそむくわけにはまいりませぬ。
     乱軍のうちに、上様が、淀さまの上様が、首なき死体となって馬からころげ落
     ちることを、この治長は許せませぬ。


                  少し問。



幸 村   (かわいた声で小さくわらう) 治長殿、さらばでござる。それぞれの望みをいだ 
      き、それぞれに死んでいく。大阪の城の人々は、それでよいのでござった。
      ここには、自らの道を自由に求めて、自らの道で自由に迷い、自由に死ぬ。淀
      さまは、その頂上におわすお方じゃ。幸村は思う存分働いてまいる。
     今は、たとえ数十人でも兵を率いて、最後の力をふりしぼって、徳川の奴ばら
     を羨ませがらせながら、幸村は、首なき死体となって、馬から落ちて死んでま
     いる。

治 長   許してくだされよ、幸村殿。
幸 村   なんの。許すも許さぬもない。よく分かり申した。それでお手前はどうなさ
      る。

治 長   淀さまの御最後をみとどけてから、お城をはなれて、死ぬ所存。

幸 村   それでお手前も、はじめて好き勝手なことができるわけか。
治 長   お分かりいただけるか。

幸 村   長い間の御苦心こそ、幸村、感服いたす。

治 長   かたじけない。

幸 村   さらばじゃ。
治 長   さらばじゃ。

          
       幸村、下手花道をかけ去る。小太鼓の連打。
       下手花道より徳川家薦。舞台中央にきて、客席に背を向け、仁王立ちとな 
       る。黒の上衣に黒の長袴。
       中央に大野治長。緋の上衣に緋の長袴。右手に刀をさげて、家康と
                    向かいあう。

家 康             大野修理。城にあるならば出でて答えよ。
                   あらためて徳川家康、豊太閣の築きし大阪の城、受け取りにまいった。
                   先程、秀頼公並びに御母公助命の機、将軍家まで願い出であったが、さすが 
                   は修理、よくぞはかった。この期に及んでの助命の願い、みにくしとは思わ
                   ぬ。
                   秀頼公、心静かにご切腹のため、また、自ら天守に火をかけるため、しばし  
       の時をかせぐ手立てと、家康、とうに見抜いておったぞ。
       治長、おらぬか。猶予の時はもはや過ぎた。城を出でてこたえよ。



          治長に関東方の武者が左右から斬ってかかる。
          治長は瞬時にそれを左右に斬りふせぐ。

          治長は、静かに刀をあげて、家康にむける。


治 長    大野治長ここにあり。今、あらためて、見参いたす。

          奥から関東方の武者をきりふせながら、速水守久と毛利勝永が左右よ
          りあらわれる。

守 久    治長殿。

治 長    秀頼公はいかがいたされた。

勝 永    ご天守中央に右大臣秀頼公。

守 久    右手に郡良列、津川親行。    

勝 永    左手に渡辺札、真野頼包

守 久    その他お伴は二十二人。

勝 永    この毛利勝永が御介錯。

守 久    秀頼公には

二 人    おみごとな御最後にござりまする。


         治長は、さしだしていた刀を、徐々に横へ向ける。
         下手上方をみあげながら、


治 長    (大声に)お聞き召されたか、淀のおん方。
      右大臣豊臣秀頼公には、おみごとな御最後にござりまする。

         最上段中央に、淀の方。白の小袖に白のうちかけ。

治 長    大阪のおん家もただいまかぎり 


       天守に火を放ち、御母公さまにも、いさぎよき御生涯。

淀の方    かたじけなく思います。大野治長。
    一度ならず、二度までも、城を追われたこの淀が、

治 長    今はほのほとともに燃え上がり、
淀の方    華やかなる世を閉じる。
治 長    徳川の世は幾十代続くとも、
淀の方    豊臣と、
治 長    大阪の世は、
淀の方    この淀の死とともに生きのこり、治長大阪の城は、虚空にかがやく。



           淀の方は家康の方に向く。

淀の方    さらばです。大御所家康。勝ちてほこれる関東方は、焼けおちた城に入り、

       空を舞う白き灰をかぶるがよい。城はおち、豊臣はほろぷとも、そなたの黒
       き鎧は、日を、うけて輝くことはあるまい。

           太鼓入る。


治 長    (大声に) 天守に火をはなて。
       城に生きのこる大阪方は、生命惜しくぱ逃げさるがよい。
      今を最後と念ずる者は、天守に火をはなて。刀をとれ。斬っていでよ。
      
           淀の方の立つあたりに、炎があがる。

治 長    (家康に)大御所家康。この治長の役目は終わった。
      今初めて、域をはなれて勝負いたす。かなわぬまでもお相手つかまつる。

        治長を中央に、守久と勝永が背中あわせに立つ。
        刀を前方につきつけ、静かに前進する。
        大鼓と音業。
        家康は両手をひろげて、それをむかえる。

家 康    関東は野武士の群れ。光沢なき黒の生命は受けて立ち、むかえて攻めよう。
       治長、最後のはなむけじゃ。

           家康も一歩進む。


家 康    鉄砲方。たまをこめよ。撃てよ。
      燃えあがる天守と、城を出でるものは、逃げると戦うとを間わず、うち殺
      せ。関東方は情けを知らぬ。美しきもの、形あるものは、ことごとくほろぼ
      せ。撃て。撃つのだ。


           烈しい小太鼓の連打。
           治長にも弾丸があたったように立ちすくむ。
           守久と勝永が左右から、つよく背中でささえる。

治 長    さらばじゃ、両人。天守も燃えおちる。心のこすな。お先においとま、
勝 永    お先においとま、
二 人    つかまつる。

           両人は横をむいたまま、まっすぐ、刀を腹につきたてる。
           治長は虚空をにらむ。その口に血がふきでる。
           城はますます烈しくもえる。
           淀の方が、その炎のなかにくずれていく。

淀の方    母さま。淀も、淀も、やぶれました。

           目を大きくひらいたまま、治長の姿がくずれおちる。
           烈しい小太鼓の連打のなか家康は、中央階段をあがる。

           最上段奥まで静かにあがって、正面を向いたところで、シルエッ
           ト。
                 舞台、急速に溶暗。


                      幕